「私たち、失敗してもいいので」 真面目にトンがる2人の「やまなしブランド」づくり

山梨の魅力ある情報を発信したい。
いままでにないチャンネルで。
いままで届けきれていなかった若者たちに。
そんな山梨県庁のチャレンジが始まっている。
再生回数100万回超えのTikTok動画など、トンがった企画ばっかり。
どんな人が担当しているのだろう。
訪ねてみたら、
「どうしたら本当に県民のためになるだろうか……」と
若手職員2人が生真面目に悩んでいた。

やはり、いまは尖ること

 山梨県には、自然や歴史、文化、食などの分野に魅力的な資源がたくさんある。しかし、これまでは役所の縦割り通りにバラバラにプロモーションをしていた。しかし、それでは、あまりにもったいない。組織が横に連携することで、「やまなし」ブランドを強化できないか――。

 その課題を解決しようと、山梨県庁の地域ブランド推進グループは2021年度に発足した。県庁のあらゆる事業を、①観光や産業など地域資源の高付加価値化 ②先進的な取り組みであるかの追求、という視点で見つめ直し、事業の方向性を定めていく業務を担っている。2021年度には早速、山梨県の上質な地域資源の魅力や施策の先進性を広く伝え、山梨ファンを育てるオウンドメディア「ハイクオリティやまなし」を開設した。

 2022年度からは、グループ自らが、地域ブランド統括官が確保した予算枠内で県庁の施策を先進的な手法でプロモーションするなど、活動を加速している。

 いま、「広げる」「高める」「尖る」「進める」という4つのカテゴリーに分けて、プロモーション活動をしている。

「広げる」は、新たな市場や顧客層の開拓を狙うもので、ワインや果物などの特産品を海外にもアピールするほか、海外の有力代理店とも提携してインバウンド(日本を訪れる外国人観光客)の呼び込みに力を入れる。

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 持続可能で環境に優しい「4パーミル・イニシアチブ」など、既存のモノや産業に新たな価値を加えていく取り組みは「高める」

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 水素・燃料電池や小学校低学年の25人学級など、山梨県が他の都道府県をリードしている取り組みは「尖る」で、全国にアピールすると同時に、他の地域との差別化を図っていく。

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 とかく部局ごとに縦割りになりがちな事業を、分野横断でデジタルを活用して発信するのを「進める」に定義している。

 で、どのカテゴリーに力を入れているんですか?

 そう尋ねると、地域ブランド推進グループ最若手の塩澤侃士さん(冒頭の写真右)から「やはり、いまは『尖る』でしょうか……」とやや遠慮がちに答えが返ってきた。

「他の自治体ではやっていないこと。それで耳目を集めることは大きな狙いのひとつです」(塩澤さん)

バズり始めた「山梨県が良すぎる」

 そのひとつが動画投稿プラットフォームTikTokを活用した政策・観光・グルメなどの情報発信だ。アカウント名は「山梨県が良すぎる」

 県庁が若者をターゲットに情報を発信しようとすると、ついつい、若者に刺さる企画→SNSを活用→部局でアカウントを開設……という構図に陥りがちだ。

「それで終わりじゃ何の意味もありません」と明快に語るのは、グループ主任の平賀亮太さん(冒頭の写真左)だ。

 TikTok動画の委託業者を選定するプロポーザル審査会の際、審査員に大学生を招き、アピールしたいターゲットの考えを取り入れた。

 動画配信は、すでに50本近くにのぼっている。最多再生回数の動画は「中央道談合坂SA下り線グルメ3選」で100万回を超えた。平賀さんは「若い人たちは、TikTokを検索に使うことが多いので、グルメ系の動画は当たりました」と話す。

「まずは知ってもらうこと」。だからギュッと絞って30秒

 2人がうれしいのは、一見地味な政策紹介動画でも手ごたえがあることだという。

 山梨県は「少人数学級」の推進に力を入れている。2021年4月、小学校1年生を対象に1クラスの基準を25人とする「25人学級」を導入。都道府県では全国で初めての試みだった。翌年度にはその範囲を小学校2年生にも拡大した。でも30秒の動画にそんな細かな情報は入れない。

「少人数学級のメリット3選」。子どもたちや先生にとってどんな得があるか、だけにギュッと絞った。

 水素・燃料電池の先進的な取り組みも同じ。国内有数の企業が集う研究拠点や大学の研究室もあるが、あえて「水素で走る燃料電池自転車」を紹介。リチウムイオン電池を使うより2倍近く走行できることや、二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーだということを伝えた。

 少人数学級や水素に限らず、担当課との折衝は難しい。担当課は施策の詳細を動画で紹介してほしい。でも2人からすれば、そんなにたくさんの情報を詰め込んだら30秒では終わらない、となってしまう。

「いままで山梨を知らない人たちに、山梨の取り組みに触れてもらうことが大事だと思っています。細かい中身はともかく、山梨県は『水素やってる』『少人数学級やってる』と、まずは知ってもらうこと。それが山梨というブランドイメージにつながってくれるのではないかと信じています」(平賀さん)

NFT×やまなし=水素コミック

 TikTokはぎりぎり知っているという人でも、「NFT」はやや高めのハードル。NFTとは「Non-Fungible Token」の略で、「ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種」。いま偽造不可能なNFTアートは、にわかに脚光を浴びている。

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 この流れに、この2人が乗っからないわけがない。いま、NFTプロジェクトの一つであるNEO TOKYO PUNKS(NTP)とのコラボレーション企画が進行中だという。

 NTPはイラストレーター・NIKO24氏が描いた横顔イラストを特徴とするNFTコレクション。2022年3月末に販売した2222点が即完売し、時価総額が最高日本2位となるなどの人気を誇る。NTPホルダーを中心としたコミュニティ参加者は6,000人を超え、二次創作が活発に行われるなど、世界観を創り、広めている。 

NEO TOKYO PUNKSのジェネラティブコレクション(NTP提供)

 NTPと組んで山梨県のPRを話し合っていく中で、NTP側から「2050年の山梨の未来を想像してもらうことで、山梨の未来のポテンシャルの高さを知ってもらうのはどうか」という提案があった。その提案に対して2人が選んだテーマは「山梨県の水素」だった。

 いま、山梨と水素にまつわるオリジナルストーリーをNTPが作り、『BABEL』などで知られる重松成美さんによる漫画化をすることで話が進んでいる。

県庁も時代とともに変わらなきゃ

 話を聞くにつけ、これまでの「お役所が進めるプロモーション」とはずいぶん毛色が違う。実は、平賀さんと塩澤さんには「外の空気を吸ってきた」という共通項があった。平賀さんは損保会社に、塩澤さんは国立大学の大学院にそれぞれ1年間派遣されていた。

 平賀さんにとって、損保会社で過ごした1年間の東京生活はカルチャーショックだったという。山梨県庁からの派遣なら「お客さん扱い」になりがちだが、職場内にその雰囲気はゼロ。仕事の進め方を丁寧に教えられ、みんなが様々なアイデアを出し合って進める仕事に巻き込まれていった。その暮らしの中で、ややもすれば「失敗が許されない」「とくに何も言われないように進めればいい」ということになりがちな県庁の仕事を振り返り、「現状のままでいいのか」と考えさせられたという。

「前例踏襲を乗り越えて、施策を進める方法もあるのかなと。僕らのチャレンジが仮にうまくいかなかったとしても、修正していけばいい。単に失敗に終わらせるのではなく、別の方法を考えることが大事だと思うんです。上司からは『どんどん挑戦しろ』と言われています。この恵まれた職場環境で、何が本当に県民のためになるのかを考えながら、仕事を進めていきたい」(平賀さん)

 塩澤さんは「新しいことに挑戦させてもらっている。どう『やまなし』というブランドをかたちづくっていけばいいのか、試行錯誤しながら、発展途上の段階です」と話す。

 2人の上司である石田幸司・政策補佐は「2人は新しいことをよく勉強しているし、とっても頼もしい存在です。2人の考えをよく聞いて、県庁の中で実現できるように橋渡しするのが私の役割です。2人には、これまでの県庁の枠を超えて思いっきりやってほしいです」と話す。

 県庁の仕事はときに、周囲から「お役所仕事」などと皮肉られる。しかし、多くの県庁職員が担う公共性の高い仕事は、失敗が許されないし高度な説明責任を伴う。でも、多様な社会になったいま、県庁も時代の流れに合わせて変わっていかなくてはいけない部分もある。

 だから、こんな2人が山梨県庁の中にいてもいい。いや、いたほうがいい。

「届けたい人に本当に届いているか?」。2人の模索はまだまだ続く。

(肩書は2023年3月末現在のものです)

文・大野正人

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