シャインマスカットよりおいしい? 山梨県のオリジナル新品種「サンシャインレッド」開発秘話

発表後、多数のテレビ番組で取り上げられ、
バイヤーもその動向に注目しているのが、
山梨県オリジナルのブドウ品種「サンシャインレッド」。
2022年、ふるさと納税の返礼品として出品された際には、瞬く間に完売となった。
人気の秘密を探るため、山梨県果樹試験場に向かった。

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こんなブドウ、初めて!

 標高490mに位置する山梨県果樹試験場で、育種部生食ブドウ育種科研究員の小林正幸さんは、ブドウ畑に膝をつき、青空を覆うように葉を茂らせたサンシャインレッドの樹を見つめる。

「食べたら、わかります。よかったら味見してみてください」

 そうして差し出されたサンシャインレッドは、手の平に乗せるとずっしりとした重みを感じられた。みずみずしく膨らんだ果実は、赤色が鮮やかに色づいている。3cmを超えようかという実を皮ごと咀嚼した瞬間、口いっぱいに花のような香りが広がった。

「わが子のように育てた」サンシャインレッドを手に取る研究員の小林正幸さん

 サンシャインレッドを食べた人は、その味わいについて、こう表現する。

「とても甘い」

「華やかな香り」

「飲み込んだのに、口の中で香りが続く気がする」

「こんなブドウ、初めて!」

 青果に詳しい東京のバイヤーも、サンシャインレッドを食べた瞬間、驚きを隠せなかったという。

「これは、いままでのブドウにはない香りですよ」——。

品種登録まで10年以上の歳月

 2022年1月17日、「シャインマスカット」と、山梨県で育成された「サニードルチェ」をかけ合わせた「甲斐ベリー7」が品種登録され、2023年8月には新たな名称として「サンシャインレッド」が商標登録された。サンシャインレッドは、山梨県内の農家のみ栽培が許されている、県のオリジナル品種だ。シャインマスカットの特徴を受け継ぎ、糖度は19度程度と高い。果皮色はサニードルチェの美しい赤色を継承した。シャインマスカットやサニードルチェと同様、種がなく皮ごと食べられる。

 2022年には、ふるさと納税の返礼品として、山梨県から一房の寄付額10万円で出品され、瞬く間に完売し、話題となった。

「最大の特色は、なんと言っても香りです。専門的には『マスカット香』と表現します。噛んだ瞬間の華やかな香りが口の中に広がり、食べた人はみんな驚いてくれます。糖度はシャインマスカットと同程度ですが、香りはサンシャインレッドのほうが強いです。収穫直前には周囲に花のような香りが漂います。」

 現在、サンシャインレッドの苗木約1万2千本が、山梨県内の農家に流通している。2023年には、それらの農家で育てたサンシャインレッドが実り、直売所など、限定された場所で購入できるようになった。

 山梨県の新品種ブドウとして誕生したサンシャインレッドだが、ここに至るまで、10年以上の歳月を要している。

「新たな品種をつくるためには、まず、組み合わせたいブドウ同士を交配し、できた果実から種をとり、植えるということをします。そうして息吹いた芽が、やがて幼い木になり、実際にブドウができるくらいにまで成長するには、だいたい5〜6年かかります。そのブドウが何色になるのか、というのは事前に遺伝子を診断することで把握できるのですが、味や品質は、実がなるまで育ててみないとわからないんです」

 ようやく収穫に至っても、ほとんどの樹は品種にならずに終わるという。

「実がついても、品質が低ければ淘汰されます。毎年、100種以上の果実調査を行っていて、多いときで残るのが20種類くらい。1年目はおいしいものができても、2年目の味がいまひとつなら『安定性がない』ということで、その瞬間にボツとなります。結果、8〜9割の樹を落とすことになるので、実際に登録に至るのは、ごく一部です」

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次は「皮ごと食べられる黒いブドウ」

「果物でいちばん好きなのは、梨」と茶化す小林さんだが、周囲からは「自分の子どものように、ブドウを育てている」と評判だ。

 そんな小林さんがブドウに興味を持ったのは、大学生時代に遡る。山梨大学のワイン科学研究センターで、ブドウの遺伝子を研究することになったのがきっかけだった。

「これまでわかっていなかったことが、明らかになっていく過程が楽しくて。自分で考えて、ねらった通りの結果が出るのもうれしい。私は山梨県出身です。山梨県と言えば、やっぱり果物ですよね。どうせ試験研究をするのなら、たくさんの農家さんの役に立てるブドウを対象にしたかったんです」

 念願叶い、卒業後は山梨県果樹試験場に就職を果たした。3年勤務したのち、峡南農務事務所を経て、東京の大田市場にある山梨県農産物インフォメーションセンターで、山梨県の農産物のPRや、百貨店での催事に従事し、2020年、再び山梨県果樹試験場に戻ってきた。現在は、「皮ごと食べられる黒いブドウ」の研究を進めている。

「先ほども言いましたが、一つのブドウが実をつけるまで、最短でも5〜6年かかります。県では、生食用ブドウの育成を始めて約20年になりますが、やっと、4品種が世に出たわけです。サンシャインレッドの試験も、私が果樹試験場に入る前から始まっていましたから、私はそれを引き継いだ形です。いまは、『皮ごと食べられる黒いブドウ』の育成に力を入れています。」

 研究員の仕事は、新品種の開発だけではない。

 サンシャインレッドの苗木を購入した農家向けに「栽培管理の手引き」というものが作成されている。この作成にも小林さんが携わっている。

 手引きには、安定した生産ができるよう、房づくりや摘粒、着色管理などのポイントとなる内容が、事細かに記されている。今後は、さらなる高品質化に向けて、アップデートしていくという。

作成した栽培マニュアルには細やかなノウハウが詰まる

「山梨県の農家さんは、新しい情報に対する感度も高く、こちらが提供する情報を、常にチェックしてくれます。プレッシャーもありますが、期待に応えたいという思いのほうが強いです」

 最後に、小林さんに少し意地の悪い質問をしてみた。「実際は、どこのブドウがもっともおいしいのか」と。

「私は、山梨県のブドウが、いちばんだと思っています。世の中に出回っているどんなブドウにも、負けません」

 小林さんの言葉に、迷いはなかった。

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文:土橋水菜子、写真:今村拓馬

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