
サンシャインレッドから発進!カーボンフリーの最新技術で、山梨の農業が変化する
鮮やかな赤色が魅力的なサンシャインレッド。
「やまなしカーボンフリー農業」の実現に向けた第一歩は、
次世代型太陽電池で蓄電し、
夜間もLEDライトでブドウを照らして色づきをよくする実証試験だ。
脱炭素化を進めたら、“これからの農業”はどう変わるのか――。
サンシャインレッドから新たな挑戦が始まっている。
■この記事でわかること
✔ 山梨県は2020年から農業分野での脱炭素化を進めている
✔ 太陽光発電でサンシャインレッドに光を当てて色づきをよくする実証試験が始まった
✔ 「カーボンフリーフルーツ」としての高付加価値化に期待が高まる
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あの新宿高野でも大注目
「やっぱりサンシャインレッドはうまいな」
「こんな香りのブドウは、他にはない」
サンシャインレッドを一口食べて、他県の担当者はそうつぶやいた。
9月8日、高級果物を扱う(株)新宿高野本店で140周年記念イベントが開催された。メディア約20社を招待し、山梨県、長野県、岡山県のブドウを食べ比べる企画だ。

山梨からは県オリジナル品種のサンシャインレッドと甲斐キングが出品され、メディアの人々の注目を集めた。
「紅茶のような香りがする」
「サンシャインレッドは他のブドウとぜんぜん違う味。おいしい」
揃いの青のハッピを着たJA全農やまなしや県農政部の職員たちが山梨のブドウのおいしさをプレゼン。すると、試食会が始まってまもなく、試食用のサンシャインレッドが品切れに。慌てて追加を用意していた。

新宿高野のブランド推進担当部長・秋山智則さんは「濃厚な甘みと爽やかな香りが特徴的。いまは皮ごと食べられて種無しのブドウのニーズが高いので、我々もサンシャインレッドに注目しています」と話す。
イベントで大好評だったサンシャインレッドは、9月27日に東京・池袋の西武池袋本店にリニューアルオープンした「新宿高野 池袋西武店」の店頭にも並んでいた。
サンシャインレッドの人気はうなぎ昇りだ。同じ月に開催された、全国のブドウ生産者を対象とした“生産者のための”品評会「食べチョクぶどうグランプリ2025」では、52の生産者がエントリー。68房のブドウの中からツジファームのサンシャインレッドが総合大賞に輝いた。いまや山梨フルーツの代表格と言っても過言ではない。
サンシャインレッドでも脱炭素化
そんなサンシャインレッドで、県は新たに取り組んでいることがある。
それは農業分野での脱炭素化だ。
サンシャインレッドをカーボンフリーで栽培するとは、具体的にどういうことなのか。
県の果樹試験場を訪れると、ブドウ棚を覆う半円型の雨よけの上に、薄緑色のシートが載っていた。このシートが「有機薄膜太陽電池」という次世代型太陽電池だ。

公立諏訪東京理科大学(長野県芽野市)とメーカーが共同開発したもので、光を通し、薄くて軽くて曲がるため、どこにでも簡単に設置することができる。既存の太陽光パネルを置く必要がないため、畑の面積を狭めることもない。
果樹試験場研究員の塩谷諭史さんは、県農政部から「農業の脱炭素化を進めるために、この太陽電池で何かできないか」と提案されたとき、頭を悩ませたという。
県内の農家にとって“カーボンフリー農業”はまだまだ認知度が低く、自分ごととして考える人は少ない。さて、興味を持ってもらうにはどうしたらいいか。
そこで閃いたのが、サンシャインレッドの栽培だった。

「山梨といえばやはりブドウです。いま最も注目されているサンシャインレッドなら、農家の方たちがカーボンフリー農業に興味を持つきっかけになるのではと考えました」(塩谷さん)
青い光でブドウを赤くする
サンシャインレッドの特徴である赤色は、光を浴びて発色する。そこで、日中に太陽電池で発電し、蓄えた電力で夜間にLEDライトの光をあてる実証試験を7月からスタートした。
日中は太陽光がブドウを上から照らし、夜間はLEDライトが下から照らすことで、ブドウ全体の発色を促進する。LEDライトの照射は夜8時から朝4時までの8時間だ。

同じ畑のなかでいくつかの違う条件で栽培し、ブドウの生育や品質にどのような影響があるか調べる。
ハウス栽培ではなく、あえて気象条件や病気などの影響を受けやすい露地栽培を選んだ。それは「県内のブドウ農家の大半が露地栽培」だから。
塩谷さんは「実証試験が成功しても、カーボンフリー農業が農家に普及しなければ意味がない。露地栽培のブドウでも太陽光発電が可能であると実証することが大切なんです」と話す。
有機薄膜太陽電池はシートを可燃ごみとして捨てることができるため、廃棄する際にも環境への負担が少ないこともメリット。ブドウ以外にも、他の果樹や野菜に応用できる技術だという。
次はグリーン水素を使って……
果樹試験場のチャレンジは太陽電池だけではない。2026年2月からは米倉山(甲府市)の水素製造所でつくったグリーン水素でハウス内を温める「水素加温ハウス」の実証試験も始める。
一般的なハウス加温機は重油を使っている。一方で、水素加温ハウスは燃焼時にCO2を排出しないグリーン水素を燃料に使ってハウス内を温める。
山梨県は水素製造時に再生可能エネルギーを使う「グリーン水素」のトップランナーだ。北杜市に工場を持つ桂精機製作所(本社:神奈川県横浜市)と共に開発する「水素加温機」は、日本で初めての試みだ。
果樹試験場研究管理幹の綿打享子さんは「水素加温機は前例がないものなので、まだ試作段階。実際に水素加温機を動かしてみないとわからないことだらけです」と話す。

ハウスに使う重油は週1回の供給だが、水素なら何回必要なのか。ハウスを温めるのにどのくらいの水素を消費するのか。ハウス内の温度を維持できるのかなど、メーカーとデータを共有しながら水素加温機を改良していく。
実際に農家が運用するためには、水素タンクの置き場やコストなども検討しなければいけない。実装までの道のりは長いが、綿打さんは「これまで見たことのないものに挑戦するので、ドキドキしています」と期待が高まる。
電力化で変わる、農業の未来
“太陽光発電やグリーン水素の活用”というと、少し難しいイメージを持つ人もいるかもしれない。だが、こうした最先端技術が実用化されれば、カーボンフリー農業がぐっと近くなる。
ブドウを照らすLEDライトの消費電力は少ないため、太陽電池でつくった電力を他のものに活用することもできるのだ。
たとえば、重油やガソリンではなく電気で動くEVトラックや農機具を使う。獣害や盗難を防ぐための電気柵や防犯カメラにも対応できる。
農業技術課普及指導員の渡辺晃樹さんは「これまでの営農型太陽光発電では、柱を立てると畑が狭くなってしまうという課題がありました。雨よけに設置できてスペースをとらない有機薄膜太陽電池は、農業のカーボンフリー化に大きく貢献する技術だと思います」と話す。

将来的に、余った電力を水素製造所に送ってグリーン水素をつくり、その水素でハウスが温まる――。そんな循環も生まれるかもしれない。
しかし、太陽電池も水素加温機も、実証試験の結果を得るまでには最低でも3年はかかる。技術を確立するには何度もトライ&エラーをくり返すしかない。
「困難だからこそ県が率先して取り組まなければ、カーボンフリー農業は前に進みません。最先端技術でリードしたい」(渡辺さん)
カーボンフリーフルーツでブランド化
8月27日、収穫期を迎えた山梨県果樹試験場を、EVトラックに乗った長崎幸太郎知事が訪れた。
世界初となる「有機薄膜太陽電池」を活用して育成したサンシャインレッドが、大きく赤い実をつけている。

テレビや新聞など多くのメディアも集まった。長崎知事は、有機薄膜太陽電池を使って赤く色づいたサンシャインレッドを口にして「とても甘くておいしい」と驚いた。
さらに、長崎知事は「農地での発電により、エネルギーを取り巻く国際情勢に左右されない農業体系の構築に向けても着実に進んでいる印象を受けました」と述べた。
ただ一方で、有機薄膜太陽電池は値段が高く、一般の農家に取り入れるにはまだハードルが高いという課題もある。
有機薄膜太陽電池の開発に携わる、公立諏訪東京理科大学の渡邊康之教授は「新しい分野なので、まだメーカーの生産体制が定まっていません。これがブドウ以外にも使えるようになれば、有機薄膜太陽電池の大量生産につながって、価格が下がる可能性がある」と話す。
山梨はフルーツ王国。だからこそ、カーボンフリー農業も果樹から始める。付加価値をつけることで、山梨産フルーツのブランド力を高める狙いもある。
山梨県は2020年から農業の脱炭素化を進めている。土壌中の炭素量を年間0.4%増やすことで大気中のCO2の増加を実質ゼロにする「4パーミル・イニシアチブ」に国内の自治体として初めて参加。2021年には果樹の剪定枝を炭にして土壌に埋めるなど、大気中のCO2削減に貢献する生産物を「4パーミル・イニシアチブ農産物」として県が認証する制度も設けている。
将来は、“おいしくて、環境にもやさしい”サンシャインレッドが店頭に並ぶことを目指して――。県はカーボンフリー農業の取り組みを進めていく。
文・北島あや、写真・今村拓馬


