山梨県産フルーツ、海外で爆売れ中 売上アップ戦略とは
山梨県で育った果物が、海外で爆売れしている。
良質なものさえ提供すれば売れる、とは限らない時代。
売れまくる背景には、“ある戦略”があった。
中国産の6倍のシャインマスカット
冒頭の写真は、今年8月、タイ・バンコクのスーパーマーケットで撮影されたものだ。
売り場の最前に日の丸旗が取り付けられ、「富士の国山梨 シャインマスカット」「山梨県産ふえふきのぶどう」と日本語で書かれたポップやのぼりが飾られている。陳列棚にはシャインマスカットやモモなどが並んでいた。店内でタイ産や中国産の果物も売られていたが、日本産だけは別枠の特別売り場が設けられていた。
山梨県農政部販売・輸出支援課の西子直樹さんはこう話す。
「この店舗があるのはタイに駐在する日本人が多く住んでいる地域で、日本産の果物を買いたい人が多いという事情はありますが、タイ国内でも日本産はおいしいということで特別扱いされています」
山梨県産のシャインマスカットは中国産の6倍ほどの値を付けていた。日本円で1房7000円に迫る高級品だ。それでも駐在日本人以外にも現地の人たちも買い求めるという。
「果物の輸出に熱心な県はほかにもありますが、輸出額の伸び幅は、全国の都道府県でも飛び抜けていると思っています」(西子さん)
2021年度に急増
グラフを見ると一目瞭然だ。2015年度から2020年度までは緩やかな伸びだったのに対し、2021年度は前年比でモモは5.7億円から9.9億円に、ブドウは4.9億円から7.5億円へと輸出額が伸びている。2022年度は集計中だが、さらに伸びる見込みだという。
なぜ伸びたのか。理由は後述するとして、西子さんはこう話す。
「山梨の特長と言えるのは、生産から流通までに目を配り、『最後の消費者まで愛情を届ける』という取り組みを進めながら、現地マーケットにフィットしたプロモーション活動を行っていることです。そして、日本最大の産地である山梨県において、最高品質の果実を作り続ける、生産者やJAの皆さまの努力があることも大きな強みとなっています」(西子さん)
出荷の基準は「糖度18度」
フルーツ山梨農業協同組合(JAフルーツ山梨)の小林誠司・販売部長を訪ねた。
山梨県内では、昭和30年代からブドウやモモの生産が続けられてきたため、各生産者に栽培テクニックが引き継がれている。さらに、各生産者に栽培方法を教える指導員も熟練者が揃う。小林さんはこう話す。
「外見と食味を検査して、合格したものしか出荷しません。そうすることで市場や仲卸業者から信頼されていると思っています」
たとえば、ブドウの場合。JAフルーツ山梨は、検査した際に糖度18度以上のものしか出荷しない。この基準は「全国のJAの中でも最も厳しいはず」(小林さん)という。
今年の山梨県産シャインマスカットは、天候の影響で「玉張り」がよくなかった。1粒の重量が昨年は20グラム程度だったのに対し、今年は17グラム程度だったという。それでも今年のブドウの出荷量は前年より7%増えて、3500トンほどになった。
輸出増による相乗効果で生産者に利益
JAは市場や仲卸業者に出荷するまでが役割で、出荷量のうちどの程度が輸出に回されているかの詳細は把握していないが、輸出量が増えていることはわかっている。輸出が増えた結果、思わぬ相乗効果があったと小林さんは指摘する。
「ブドウは各産地が力を入れて競争が激しくなっています。その中で、輸出品に高い販売価格がつくことによって、国内の販売価格も同様の水準で安定するんです」
ブドウやモモは高級品と一般品のカテゴリー分けが急激に進む分野だが、各生産地の競争は激しい。値下げ競争に巻き込まれかねない懸念もあるなか、国内での流通価格の3倍程度になる高値での取引実績を積み重ねることで、「山梨のフルーツは上質だ」という意識が仲卸業者に広まっていく。この「ブランド戦略」によって、国内での値下げ競争に巻き込まれず、生産者の利益につながるというわけだ。
なぜ2021年度に急激に売り上げが伸びたのか、という話に戻ろう。
それは、これまで県が果実の輸出にどう取り組んできたかを振り返れば、理由が見えてくる。
▽2019年度まで=海外の小売店で販売促進イベントを開いて山梨県産果実を販売
▽2020年度=新型コロナの感染拡大を受け、3カ国・地域(香港、台湾、中国)でSNSを使って情報発信(中国以外では販促イベントも実施)
▽2022年度=SNSでの情報発信をする地域を、シンガポール、タイ、マレーシア、アラブ首長国連邦を加えた7カ国・地域に拡大(販促イベントも随時実施)
2019年度までは「店頭で手に取って買ってもらう」のが軸だったのに対し、2020年度以降は「SNSを使った情報発信」を加えて“方針転換”したのがわかる。
きっかけを再び西子さんに尋ねた。
「長崎(幸太郎)知事から、『デジタルマーケティングの手法を取り入れて、よりシステマチックに輸出拡大を図る方法を研究してほしい』と言われ、急いで戦略づくりを始めました」(西子さん)
西子さんが所属する販売・輸出支援課の職員は専門家や日本産果実を買っている香港や台湾の人に意見を聞き回った。その結果をまとめたのが、2019年度末である2020年3月に発表した「山梨県産果実の輸出拡大に向けた基本的な戦略」だ。その戦略で、SNSでの情報発信が大きな柱になった。日本産果実を買う香港や台湾の中間所得層は、情報をSNSでキャッチし、百貨店やスーパーなどの小売店で買う傾向がはっきり見えたからだ。
全国でも珍しいフルーツ単独SNS
7カ国・地域で運用されているFacebookをタップしてみると、現地で活躍するインフルエンサーが山梨県産のブドウやモモを手にした写真をアップして、販促イベントの案内をしていた。香港や台湾のFacebookはフォロワーが1万人を超え、投稿に対する「いいね」やシェアなどのリアクション率は約10%と高率になっている。
「現地言語でフルーツ単独のFacebookページを運用している県は2022年11月時点で山梨のほかにはあまりないと思います」(西子さん)
SNS発信を先行させた香港、台湾の売り上げが全体の93%を占める。県はアジア諸国のほか、アラブ首長国連邦(UAE)などへSNS発信の対象国を広げている。
「最大マーケット」は常に注視
県が最大のマーケットとして狙いを定めている中国へは、検疫上の問題で現在は輸出ができない。しかし、西子さんは「知事の『輸出解禁となったら、他の産地に先駆けて山梨の果物を中国に届け、先行者利得をゲットしたい』という強い思いが現場まで浸透しているので、検疫の情報は絶えず収集しています」と話す。
日本産フルーツは贈答品など高級品として需要が増え、各県の競争は激化している。山梨県は「最大産地」「ハイクオリティ」を前面に打ち出し、県産フルーツのブランディングを進めていくという。
文・松橋幸一