「下流のことを考えて暮らす」 小菅村が“文化的テロワール”事業で見つめ直す、源流の村の誇り

冒頭写真:小菅村役場 源流振興課・巴山(はやま)陽子さん × 総務課・佐藤誠さん

「わがまちらしさ」って何だろう?
住んでいると意外に気づかない、気がつけない。
小菅村では、大手旅行会社HISから派遣された女性職員が、そんな「魅力探し」に取り組んでいる。 

■この記事でわかること
✔ 小菅村は多摩川の源流部にあたり、下流域400万人以上の暮らしを意識した村づくりをしている
✔「多摩源流まつり」には、人口600人の村に1万人ほどが訪れる
✔ 村内の養魚場は、ヤマメの人工孵化に民間で初めて成功した
✔ HISから派遣された職員のアイデアで、視察対応の有料化・一本化が実現した

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 山梨県内の市町村が、自分たちの言葉で「わがまちらしさ」を掘り起こしていく「市町村らしさ」発見・発信支援事業。2026年度は市川三郷町、身延町、山中湖村、小菅村、丹波山村の5町村がモデルとして参加している。事業の軸になっているのが「文化的テロワール」という考え方だ。自然や風土、歴史、人々の営みから育まれてきた産業や文化など、その地域ならではの特性を言葉にしたものを指す。各地でこれから始まろうとしている取り組みを、小菅村ではどのように進めていくのか。 担当するのはHISから派遣されている源流振興課の巴山陽子さん。コンビを組む総務課の佐藤誠さんにも聞いた。

「何もない」を、言葉にする

――小菅村の文化的テロワール発信事業について、これまでの取り組みや事業の狙いを教えてください。

佐藤:正直なところ、まだこれからという段階です。支援に入っていただいているコンサルティング会社や、県庁の皆様と一緒に、これからワークショップで目指すことを話し合っています。ワークショップのメンバーには、以前から小菅村で暮らしてきた人に加え、村外から移住してきた人も多く参加します。小菅村の良さや地域資源を、それぞれが感じているままに出してもらい、内と外の視点から地域を見つめ直し、それをどのように残していくかを考えていきたいと思っています。

巴山:知事は、「『山梨は何もないところだ』と住んでいる人は言うけれど、そんなことはない」と話していました。実際、外から来るとそう感じます。小菅村の人も「何もないところだけど」と言うことが多いのですが、そうではありません。外から来た人だから気づける魅力もありますし、ずっとこの村で暮らしてきた人だからこそ語れる魅力もあります。そうした魅力を掘り起こし、その過程で愛着が湧いて、もっと村に貢献したくなる……そういうところを狙っている事業だと思います。

小菅村源流振興課の巴山陽子さん(左)と総務課の佐藤誠さん

――目標として掲げているものはありますか。

巴山:小菅村は多摩川の源流部にあたる村なので、「源流」としてのプライドを持っています。下流のことを考えて生活しているという部分を言語化し、見える化して、みんなで共有していきたいです。これから新しく来る人にも伝えられるように、何かしらの形にして残していけたらと思っています。

小菅村の魅力は、やっぱり「人」

――小菅村の魅力とは、ズバリ何でしょうか。

巴山:やはり「人」だと思います。人がいいことに加えて、人との交流や日々の暮らしそのものが魅力です。小さなことですが、地域の掃除に参加することから、ゴミをきちんと分けることまで、全てが魅力的に映ります。先ほど、「多摩川源流体験」というイベントに行ってきました。多摩川の源流を遡って水を楽しむという内容で、地元の子どもたちがずぶ濡れになって遊んでいました。これこそが小菅村だと思いました。「危ないからやめなさい」とは誰も言いません。「ここはこうすると怪我をするかもしれないから気をつけよう」とは言いますが、みんな自由に夢中で遊んでいる。これは小菅村ならではのいいところだと思います。

佐藤:私も、「人」がやはり一番の地域資源だと日々感じています。みんなとても優しいんです。私も村外から移住してきて10年ほどになりますが、外から来た人間に対してとても温かい。人口が600人しかいないので、合意形成が早いというのも、小菅村の村づくりにおける大きな特徴だと思います。

「下流のことを考えて」暮らす、源流の村のプライド

――お二人が話す「源流」というキーワードについて、もう少し詳しく聞かせてください。

佐藤:ワークショップが始まる前から巴山さんとよく話していたのは、小菅村を一言で表すなら「源流」ということです。このキーワードを軸に今後も村づくりを進めていきたいですし、その先に源流以外にも何か面白いものが出てきたらいい、という話もしています。

――源流であることが、暮らしぶりにどう表れているのでしょうか。

巴山:多摩川流域には410万人ほどが暮らしています。その方々にきれいな水を送ろうと、村民は日々気をつけて暮らしています。東京都水道局が森林整備をしてくれていることもあり、源流で責任を持って暮らしているというプライドがあります。とにかくみんな村をきれいにしています。庭もそうですし、掃除も丁寧で、村全体で道を掃く日もあります。ゴミの出し方も、生ごみは別に出すんです。専用のバケツがあって、村の中で処理をして土地改良材にし、道の駅で販売しています。リサイクル率がとても高いと聞いています。

佐藤:これは源流部ならではの産業だと思うのですが、村内には養魚場が3つほどあります。ヤマメの人工孵化に民間で初めて成功したのが小菅村の養魚場なんです。プールのように水を溜めているわけではなく、川から水を引いて、川と同じ環境で育てています。きれいな水が使える村だからこそできることだと思います。

600人の村だからこその当事者意識

――役場の職員や住民の関わり方にも、小菅村らしさが表れているようですね。

佐藤:今、役場職員は20人ほどいますが、半分ほどが移住者です。年配の方の中には村出身の職員のほうが安心する人もいて、私自身、最初は「あれは誰だ」と言われたこともあります。ただ、近年はUターンで若い職員が戻ってくることはほとんどないので、村外から来る人がいなければ、もう行政は成り立たなくなってきていると思います。

巴山:600人だと、誰かがどうにかしてくれるだろうとは思っていられません。みんな腹をくくって、自分から村を良くしよう、生活を整えようとしている人が多いです。投票率もとても高く、国政選挙でも80%台、村長選になると90%近くになります。

――「多摩源流まつり」というイベントもあると伺いました。

佐藤:毎年5月4日に開催していて、今年で35回になります。下流域の人たちのためにという「源流」というキーワードが村民の共感を呼び、来てくれる人たちを村民全員でもてなそうという趣旨で続いてきました。1人1役という形で、出店や運営、交通整理など、消防団も含めてほとんどの村民が何らかの形で関わっています。600人の村に1万人ほどが訪れる大きなイベントとなっています。まつりの実行委員会も村民で組織されています。

巴山:テントも自分たちで立てますし、片付けも自然と手伝いに来てくれる人が多いです。職員だけがやればいいというものではない雰囲気があります。

――関係人口を増やす取り組みもあるそうですね。

巴山:「1/2村人ポイントカード」という取り組みをしています。村内のさまざまな場所でポイントを貯めたり使ったりできます。また、カードの提示で「多摩源流小菅の湯」を100円引きでご利用いただけます。会員は4000人を超えていて、年に6回以上ポイントを使っている人も400人を超えています。観光客の分母を増やすというより、積極的に関わってくれる濃い関係の人を増やしていきたいと思っています。

村づくりそのものを、伝えていく

――巴山さんはHISから小菅村役場への派遣というかたちで来られたそうですが、民間企業での経験を、村の業務でどのように生かしていますか。

巴山:一つは視察対応です。私が来るまでは、視察の電話を受けた職員が最後まで対応するという仕組みで、年間40件ほどの視察があり、職員の負担になっていました。そこで、有料化と窓口の一本化を提案しました。今は観光Webサイト「こ、こすげぇー」に視察案内のページを作り、料金や内容をまとめて、フォームから申し込んでもらう形にしています。

巴山さんは総務省が推進する「地域活性化起業人」制度を活用し、2025年4月から小菅村に派遣

佐藤:ドローン配送や古民家ホテルなど、うちには全国から見学の希望が多い先進的な取り組みがあります。「視察」も地域資源だと捉えて、きちんと村の収益につなげる手段を作ってもらった形です。日々、民間企業の方ならではの発想に助けられています。

――この事業を通じて、これから実現していきたいことはありますか。

巴山:源流振興課で今考えているのは、単なる観光ではなく、村づくりそのものを見てもらうツアーです。ドローン配送の現場や、それによって物流がどう変わったかを伝えたり、養魚場を見学してもらったり、スタディツアーのような要素を取り入れたいと思っています。600人の村が一生懸命に村をつくっている姿を見てもらえたらと思います。

佐藤:今回はモデル事業なので、小菅村でいいものを作って村づくりの施策につなげ、うまくいけば他の町村にも共有して、山梨県全体としていい事業になっていけばと思っています。

地元の木材をふんだんに活用した村庁舎前でポーズ

文・稲田和瑛、写真・山本倫子

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