地方の声が国を動かした! 山梨発の「活火山法改正」

6月14日、国会で活火山法の改正案が可決された。
この法改正の動きを一貫してリードしてきたのは、
山梨県だった。
法改正を受け、山梨県だけでなく全国各地で、
火山との新たな関係づくりが始まろうとしている。

異例のスピードで議員立法にこぎつけた理由

 2019年7月、「火山防災強化推進都道県連盟」という耳慣れない組織が生まれた。仕掛け人は、その半年前の2019年1月の山梨県知事選で初当選した長崎幸太郎氏だった。 

 長崎知事は就任して早々、検討中だった富士山ハザードマップ改定版の素案を見た。被害範囲の広さに驚いた長崎知事は、当時の思いをこう話す。 

「マップの内容は衝撃的で、発表すれば住民は不安がるだけ。マップの発表に合わせて対策を考えないといけないと感じた。国と連携して火山防災をする仕組みをつくろうと考えた結論が、活火山法を改正するということでした」 

 ここで、財務官僚と衆院議員の経験がある知事が「秘策」を打ち出した。県職員に「火山がある23都道県に連絡をして、活火山法改正に向けて各自治体が団結する組織をつくってほしい」と指示を出したのだ。長崎知事はその狙いを「山梨県単独で動いても、単なる要望にしか受け止められない。官僚も国会議員も自治体の連合組織から言われれば、無視できない。県単独とは重みが違いますから」と話す。 

 知事の指示を受けた県防災局の職員は、政府が「火山災害警戒地域」に指定する23都道県に電話をかけて協力を取り付け、「火山防災強化推進都道県連盟」(以下、都道県連盟)が設立された。都道県連盟のトップである連盟幹事には、発起人である長崎知事が就任した。 

火山防災強化推進都道県連盟の設立総会で手を取り合う知事たち(左から4人目が長崎知事)

 都道県連盟は関係省庁への要望に加え、長崎知事の人脈を生かして、自民党の「火山噴火予知・対策推進議員連盟」(以下、自民党議連)にも説明を繰り返した。山梨県は23都道県の意見を取りまとめるのと同時に、年1回の総会を開催。その他にも、課長級の実務レベルで、火山対策上の課題の整理や防災対策にどう国が関与したらいいかについて検討を進めてきた。 

 都道県連盟は2022年、自民党議連に対して要望書を提出した。 

 要望書を受けた自民党議連は法改正のプロジェクトチームを設置した。プロジェクトチーム座長に就いたのは、山梨県出身の赤池誠章参院議員。赤池議員は「長崎知事から火山防災強化の要望を受け、自民党議連事務局長・活火山法改正プロジェクトチーム座長として、議員立法での法改正に取り組んできました」と話したうえで、こう続けた。 

「今までは火山噴火災害後に活火山法が改正されていましたが、今回こそ災害発生前に法改正し、人命を守りたい一心でした」

自民党火山議連の古屋会長(右から2人目)と赤池事務局長(右から3人目) 

 プロジェクトチームがリードして党内議論が一気に進んだ。このことについて、山梨県の渡辺一秀・富士山火山防災監は「連盟幹事である知事が自民党議連とがっちり組んで進んだので、異例のスピードで法案がまとまっていきました」と話す。 

 国会が審議する法案には、政府(各省庁)が提案するものと、国会議員が提出する議員立法の2種類がある。今回の活火山法の改正案は、自民党議連による議員立法だった。法案を成立させるため、5月8日には国会議員や活火山を有する都道県、市町村、火山専門家など約300人が出席する総決起会を開催。国が地方の課題をしっかりと受け止めたことで法改正へとつながった。 

 今回の法改正について、長崎知事は「理想的な形で、国と地域が連携して物事を進められた」と語る。 

富士山が噴火した際のあらゆる想定が綴じられたファイル

地震の“周回遅れ”で国が調査研究を一元管理へ

 では、活火山法が改正されると、何が変わるのか。 

 大きく変わる1つ目のポイントは、火山の観測や調査・研究の方針を、国がトップダウンで主導するようになることだ。 

 法改正に伴って、文部科学省は新たな組織「火山調査研究推進本部」を設置する。地震災害については、1995年6月に「地震調査研究推進本部」が設置されている。これは、同じ1995年1月に発生した阪神大震災がきっかけだった。火山防災は「地震の3周遅れ」(長崎知事)で、火山防災もようやくスタートラインに立つことになった。 

 これまでの火山研究は、大学などの研究機関が個々に調査・観測したデータを国が集約するボトムアップ型だった。ボトムアップ型の場合、論文など実績が出やすい活発な火山に研究が集中してしまい、動きの少ない火山の研究をしようとする研究者が不足してしまうというデメリットがあった。 

 2018年に群馬県の草津白根山が噴火した際、監視していた活発な火口(湯釜)ではなく、休眠中の火口(本白根)が噴火した。普段から十分に監視していない火口からの噴火だったので、その後の防災に役立つデータを十分に取ることができなかった。 

 法改正で「推進本部」が設置されると、国が全国の火山を広く監視するトップダウン型の調査研究が始められる。富士山をはじめ桜島(鹿児島県)や雲仙岳(長崎県)など常時観測されている50火山だけでなく、他の火山についてもマグマの動きを捉える地震計などの観測機器が設置され、火山活動の有無に関係なく、観測・研究をできるようになる。 

 山梨県富士山科学研究所の吉本充宏・研究部長は「推進本部による調査研究では、火山そのものを対象にした調査研究だけでなく、防災の観点から、砂防学、社会学や心理学も含めた“人に寄り添った研究”もしていく必要があります」と話す。

火山の性質を伝えるため、富士山科学研究所は精緻な模型を制作して展示している

火山を研究しても就職先がない…

 法改正で起きる2つ目のポイントは、火山専門家の育成だ。 

 文部科学省は若い火山研究者を増やそうと、2016年から「次世代火山研究・人材育成 総合プロジェクト」を始め、国がトップダウンで火山に関する幅広い研究知見を持った人材の育成をバックアップしてきた。火山研究は幅広い研究領域があるため、こうした総合的な知見を持った人材の育成について、関係者は有意義だと口をそろえる。しかし、このプロジェクトは2025年に終わることが決まっている。 

 吉本さんは「プロジェクトは終わってしまうが、今回の活火山法改正では、国や自治体が火山専門家の育成確保に努めなければならないことが盛り込まれました。災害と人とのつながりを意識した火山の専門家を育成することが重要になってきます」と語る。 

 ただ、現実的な悩みもある。山梨県火山防災対策室の酒井俊治・室長補佐はこう話す。 

「研究者を育成しても、最終的にそこで学んだことを職業として生かせなければ、火山研究者をめざす学生を増やすことができない。火山の専門知識を持つ人たちの処遇の改善、ポストの用意を進めていかなければいけない」 

 つまり、せっかく火山の幅広い知識を学んでも、就職できない現実があるのだ。 

 国に対して研究者の採用を要望するだけでなく、地方が積極的に採用に取り組んでいくべきだ――。そう考えた山梨県は2023年、全国に先駆けて火山専門の防災職員を採用した。 

2023年春に入庁した古屋海砂(ふるや みさ)さん

全国でたった1人の火山防災職

 古屋海砂さん(26)は、いま日本でただ一人の火山防災職だ。 

 古屋さんは山梨県富士河口湖町の出身。茨城大学で地質学を学ぶうちに、火山研究に興味を持つようになったという。富士山と関わるようになったのは大学3年生のとき。野外実習で富士山科学研究所の吉本さんに学ぶ機会があり、「富士山を研究してみたい」と話したことがきっかけで、富士山研究が始まった。 

 大学院の博士前期課程を修了したとき、そのまま大学に残って研究者となる道もあった。しかし、古屋さんは、研究者と一般の人では、火山に対する意識が異なることに気づいたという。 

「家族や同級生が富士山の近くに住んでいますが、地元の人たちですら『富士山は噴火するの?噴火したらどうなるの?』と言うんです。自分が火山の研究を続ければ、研究者として成長できるかもしれないけど、火山を知らない地元の人たちの意識とはどんどん離れていってしまうかなと感じました。火山災害が起きたとき、私は『自分の専門知識を住民の避難に役立てたい』と思いました」 

 研究者の道ではなく、社会と関わりをもつ道を選んだ古屋さんは2021年、建設コンサルタント会社に就職し、火山噴火後の土砂災害対策の業務を担当した。社会人生活2年目に差し掛かる2022年、「山梨県が火山防災職員を募集している」という話を聞いた。 

「自分を育ててくれた地域に恩返しができるかもしれない、と思ったら、急に自分が進むべき道が目の前に開けた気がしました」 

専門家と県庁職員という「2つの顔」

 2023年4月、県庁職員になった。肩書は「火山防災職」。イメージは入る前とだいぶ違ったという。 

「行政職員というと、決められた仕事をして、専門的なものは委託していると思っていた。けれど、火山防災職になってみると、職員が自分たちで『どうしたら多くの人に伝わるか』を考え、自ら防災訓練の企画やPRをしていました」 

 自分には「行政・住民・研究者の3つの橋渡しになる役割」を期待されていることはわかっている。まだ火山防災職になって2ヵ月、胸を張れる実績はない。でも、スーパーなどの商業施設や、福祉施設の避難計画を支援するなど、防災の周知活動に力を入れていきたいと思っている。専門家と行政職員という「2つの顔」を持つ古屋さんだからこそできる仕事はますます増えていきそうだ。 

 活火山法の改正によって、全国の火山をくまなく調査できるようになるだけでなく、古屋さんのような「火山の通訳者」が全国に生まれていくことになるかもしれない。 

文・北島あや 写真・今村拓馬(冒頭の写真)、小山幸佑(冒頭の写真を除く) 

関連記事一覧