共生社会の推進は、自己肯定感を高めるための「革命」だ!

長崎幸太郎知事は「ふるさと強靭化」と「開の国」を2本柱に掲げ、事あるごとに「山梨が豊かな地域であり続けるには、共生社会の実現が欠かせない」と話している。2期目に打ち出した政策には、共生社会に関係するものが多い。

と、ここで素朴な疑問。
共生社会は大事なことなんだろうけど、その中身は?
言い出しっぺの知事に、「なぜいま共生社会の実現が必要なのか」を尋ねた。

新宿で見つけた1冊の本

――「共生社会」の大事さを意識し始めたのは?

長崎幸太郎知事(以下、知事) 3年ほど前に出会った会社経営者の言葉がきっかけでした。その方は、山梨県に進出してきた愛知の企業の社長さんで「多様性を受け入れない地域には、企業が進出してこない」とおっしゃいました。LGBTQに対してどう向き合うかは、その地域が多様性を受け入れるかどうかのリトマス試験紙だというのです。

――それで共生社会が大事だと認識したんですね。

知事 その出会いから1年ぐらい経ったとき、東京出張の帰りに寄った新宿の書店で偶然、『多様性の科学』という本を見つけて、電車の中で読みました。ざっくり言うと、多様なポジションから多様な見方をするという“掛け算”をすることで、見落としがなくなるということが書かれていたんです。

 例えば、ある人がある問題に向き合っていたとして、見える景色は一つなんですが、「こっちからも見られる」「逆からも見られる」といろいろな立場の人が異なる視点で見ることで、見落としがなくなってくるという意味です。これ、ものすごく説得力があると思いました。

 共生社会については、私も抽象的に必要だと思っていたし、お題目としては誰も反対しないよねっていうことだと思うんですけど、この本を読んでから、確信を持って「共生社会を推進する」と言えるようになりました。

――確かに、共生社会を政策の柱として前面に打ち出したのは、今年1月の知事選の公約のころからですね。

知事 その前から、ちょこちょこと言ってはいましたけど、本格的に前面に打ち出したのは知事選前からです。

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仲間づくりに苦労した自身の体験

――どのように政策に落とし込みますか。

知事 集合知(多数の知識を集めることで、より大きな価値を生み出すこと)を活用することです。

――山梨では、集合知を活用するという考え方は定着していないということですか

知事 一概にそうとは言えないと思いますが、山梨ではかつて、県外から来た人を“来たりもん”と呼ぶことがありました。この言葉には、古くからの仲間以外を排除するニュアンスがありますよね。

 私は2002年、財務省の役人時代に山梨県庁に来ました(県企画部総合政策室政策参事)。その後、山梨から衆院選に立候補しましたが、いずれのときも仲間作りに苦労しました。そういう経験があったので、山梨県内にもっと“多様性に対する寛容度”があったらいいなとは思っていました。

――そんな実体験があったんですか。

知事 だから、性的マイノリティだけでなく、県外から来た人も、国外から来た人も、すべての人がここ山梨で活躍できるようにしていきたい。そうすることで、山梨が集合知を発揮できる場所になっていくと思うんです。

2022年信玄公祭りでのLGBTQパレードの様子

どんなに優れていても「知られなければ存在しないのと同じ」

――山梨はいいところがたくさんあるのに、生かしきれていない面があるとよく言われます。いいところが見落とされているというか……。

知事 そこが、まさに集合知が発揮できていないということなんです。山梨県だけで生まれ育った人と、そうでない人とでは、“山梨のいいところ”や“山梨のよくないところ”に対する見方にズレがあります。そのズレを是正するだけでも、大きな価値を生み出すわけです。

――それが本に書かれていた「見落としがなくなる」ということですか。

知事 そうですね。あらゆる可能性を発見して、それを生かすと言ったほうがわかりやすいかな。

 例えば、いま世界から、山梨の米倉山の水素システムが注目されています。でも、この試みを始めたのは私ではありません。山梨の果物はおいしい、と言われますが、その匠の技も私が作ったものではありません。両方とも以前から山梨に存在している。だけど、多くの人にそのすごさが知られていなかったんです。

 水素システムを例にすると、ついこの間まで水素というとみんなが福島を連想していました。それは経済産業省の人もメディアの人も。本当の専門家は多少知っているのですが、一般的には「水素といえば福島」という話になっていた。でも、それは違う。山梨にもすごいものがありますよという話です。だから、メディアツアーをやったり、積極的に視察団を受け入れたりしています。総理にも来ていただきました。要は、「知られなければ存在しないのと一緒だ」ということです。

――だから、優れているものは、その優位性や魅力を発信するという……。

知事 そうそう。その魅力に新たな価値を生み出すために、山梨県はどんな人でも受け入れますよ、というのが、共生社会の推進です。現在進行形で、集合知が山梨県で威力を発揮しはじめていると感じています。多様性を受け入れることで、山梨の魅力はもっと発掘され、もっと発信できるようになっていくはずです。

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新たなイノベーション、起こしたい

――しかし、「共生社会」という言葉は、どこか犠牲を払うイメージを持つ言葉です。

知事 異なる価値観や他者を認めることには一定の努力を伴う、という面は否めないと思います。でも、見方を変えてみてください。「我々はポテンシャルがあるから、共生社会でいろんな人が入ってきたら、我々はもっとすごくなる」と。何がすごいのかと聞かれたら、「こんなもの、他のところにはありませんよ」と答えられるようにする。自己肯定感も高まるし、いい循環が生まれてきます。

――その循環システムを作ろうということですか。

知事 そうです。共生社会の推進というと、女性活躍の話になりがちですけど、女性が活躍しないといけないというのは、なにも特別な問題ではなく「当たり前」のこと。そこにとどまる話ではありません。

 外国人とか県外から来た人はいままで山梨のメンバーシップに入っていなかった。でも、そういう人たちをみんな包み込んでいくことで、山梨のポテンシャルは発揮されて、高められ、顕在化していく。こういうシステムを作っていきたい。

――知事は5月にベトナムを訪問し、その後、姉妹都市提携を結ぶという話も進んでいます。

知事 ベトナムとの交流は大きな可能性を秘めていると思います。違うものが入ってきたり、新しいものが融合したりすることで、イノベーションが起こりますよね。ベトナムとの交流を通じて、新たなイノベーションを期待しているし、私たちからもあらゆる手立てを打っていこうと思っています。

 今ちょっと考えているのは、ベトナム料理と甲州ワインの組み合わせとか。そういうところから始まると思うんですよ。

――人間の欲求に一番近いところですね。

知事 私はかつて(1997年〜2000年)、在ロサンゼルス総領事館の領事をしていました。そのとき、フレンチ、イタリアン、中華料理、タイ料理などと融合した新たな料理カルチャー「フュージョン」が出てきて、ロスの人たちは本当に楽しんでいました。そういう体験があるから、余計そういうものを進めなきゃいけないと考えるんです。

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共生社会を推進しないと、暮らしが回らない

――コロナ禍のときも、知事は「経済を止めない」を第一に掲げていました。

知事 コロナのとき、「他県の人はうちの県に来ないでください」と言っていたところもありましたが、山梨県は、よほどの緊急事態のときを除いて、1回も言っていないと思います。なぜかというと、経済の観点だけではなく、日ごろは「二拠点居住をするなら、ぜひ山梨県で」と言いながら、いざ、みんなが「コロナに感染したくないから山梨に行きたい」となったときに「来るな」っていうのは理が通らない。

 だから、コロナ禍の間も県境を開き続けたわけです。別荘や旅館の関係者の皆さんにも「来るなって、言わないでほしい」とお願いしました。

――身近なところでも労働力の不足が心配されています。

知事 人口減少が止まらない中で、いまや「外からいらしていただく」というのが現実です。外国の人の労働力を「安い労働力というのはやめてください」といつも庁内で言っています。共生社会を進めないと、社会や暮らしが回りませんよね。

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「開の国」はスーパーチャレンジ

――排他的な印象もある山梨にとって、共生社会の推進というのは発想の大転換です。

知事 スーパーチャレンジですよ。これまでとは対極のことを実行しようとしているわけです。でも、そうしない限り、この地域の未来は開けないと思うんです。スーパーチャレンジというより、革命のほうがふさわしいかもしれません。かつては閉鎖的だと言われていた地域が、いまや政策の柱として、「開の国」を掲げ、ヒト・モノ・情報などすべてにおいて「開化」を果たそうとしているのですから。

――共生社会を進めると、どんな社会が実現しますか。

知事 ずっと“純山梨”だけでやっていたら、イノベーションも起きません。いろいろな人に山梨に入ってきていただきたい。山梨に貢献したいという思いがある人たち全員に来ていただきたい。

 繰り返しになりますが、いろいろな視点を導入することで、山梨の中にいる人の幸せ度を高める。価値も高める。その結果、山梨の人たちの自己肯定感を高めることにもつながる。山梨に住む人たちは、個人として尊重され、のびのびと生活できるようになるんです。そういう社会づくりをめざしていきます。

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聞き手:松橋幸一、冒頭写真:今村拓馬 その他の文中写真は山梨県提供

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