18時間で決まった灯油券の配布 大寒波から生活困窮者を守れ!
県知事選の投開票日から一夜明けた2023年1月23日。
10年に1度の強い寒波が日本列島に近づいていた。
この日夕から、山梨県庁内で寒波の緊急対策の立案が始まった。
知事選翌日の緊急指示
再選を果たした長崎幸太郎知事は1月23日(月)午後3時半、選挙後初の記者会見に臨んだ。2期目の基本方針を語り、新型コロナ対策に触れた後、県内に近づく寒波対策として生活困窮者向けの相談ダイヤルを県の社会福祉協議会(社協)に設置したことを明らかにした。
記者会見が終わった午後4時、知事は福祉保健部に「生活に困っている人の命にかかわる問題だ。実効的な対策を考えてほしい」と指示を出した。
紆余曲折を経て18時間で決定
早速、福祉保健総務課で検討が始まった。
まず、ホテルやアイメッセ山梨(県立産業展示交流館)を借り切って避難してもらうアイデアが浮かんだ。しかし、「生活困窮者がホテルやアイメッセに避難する交通手段は? タクシー?」「避難場所の運営は誰が担当する?」などとやりとりがあり、立ち消えになった。
生活に困っている世帯に毛布を配るという案も、「誰が毛布を運んで配るのか」で行き詰まり、ガソリン券を配る案も「ガソリン券は洗車にも使えるなど汎用性が高く、目的外使用につながる可能性がある」ということに……。実現性や実効性を検討すると難点があるものが多く、アイデアは浮かんでは消える、を繰り返した。
同課の課長補佐、石井喜博さんは、これまでの知事の発言が書かれた行政文書を見返し、知事が灯油に触れているのが多いことに気づいた。寒冷地の自治体では灯油券を配布する施策がある。「これだ!」と思ったという。
24日(火)朝8時すぎに職員が集まった。山梨県に寒波の影響が出るのは25日からと予想されていた。時間がない。課長ら職員は手分けして、灯油券を配ってもらう県の社協と、灯油を販売する業者へ連絡した。できる見込みが立った。知事からゴーサインが出たのは午前10時だった。
福祉保健総務課に知事の指示が出たのは前日午後4時。灯油券を配る施策が決まるまで、わすか18時間だった。
3667世帯が灯油券を活用
灯油券は印刷業者に頼んで立派なものをつくっている時間はない。職員が資料作成ソフトで手作りした(冒頭の写真)。正午からは知事が緊急会見して、生活困窮者に対する灯油券の配布を発表。施策を実施する手順を県の社協に連絡した。市町村の27社協が一斉に動き始めた。
翌25日、甲府の最低気温は氷点下5.2度。各地で水道管が凍結するなど寒波が直撃した。市町村の社協で灯油券の配布が始まった。県が発行した灯油券を持っていけばお金を払わずに灯油がもらえる。灯油販売業者は灯油券を県に送ることで代金をもらえるという仕組みだ。
26日の甲府の最低気温は氷点下8.6度と1月としては37年ぶりの厳しい冷え込みとなった。この日朝には灯油を求める人で行列ができた店舗もあった。しばらくして、「車がない。灯油は重くて運べない」という声が寄せられたので配達も始めた。
週末の28日(土)、29日(日)も相談窓口を開けて灯油券の配布を続けた結果、期限の31日までに3667世帯が県の灯油券を使って暖を取った。
最終的には、県内の灯油販売業者の半数以上にあたる165店舗の協力が得られた。
1月27日の地元メディアでは、灯油を受け取った人の「灯油がなくて寒い思いを何日もしたので、灯油券の配布は何よりありがたい」という声が報道された。
見つかった課題にも対応
石井さんは「寒波が原因で命を落とされるような最悪の事態は回避できたと考えています。これが一番の成果です」と話す一方で、課題も見つかったという。
それは、灯油券を配布する対象者を市町村社協の判断に委ねざるを得なかったことだ。
「今回は人命に係る緊急的な対応でした。物価高が続いている中、生活困窮者向けに緊急援助をするケースは今後もあると予想されます。援助する対象の条件や迅速な確認方法を明確にしておく事前の準備が必要だと痛感しました」
福祉保健総務課は、援助対象やその確認方法について研究し、今後の予期せぬ緊急事態に備えていきたいという。
文・松橋幸一、写真・今村拓馬