山梨県庁の“3K”!?財政課のオシゴト
インターネットの検索画面に「財政課」と打ち込んでみる。
半角スペースを入力した瞬間、以下のような予測キーワードが挙がってきた。
「財政課 きつい」
「財政課 怖い」
「財政課 嫌われる」……。
財政課に対する世間の印象は、まさかの“3K(きつい・怖い・嫌われる)”。
一方で、このようなイメージが先行して、
仕事内容の実際やそこで働く人の思いについて、
あまり知られていないのも事実だ。
今回は、そんなベールに包まれた山梨県総務部財政課のオシゴトについて迫った。
■この記事でわかること
✔ 事業に予算がつくのは「必要性」だけでは足りない。「妥当性」や「十分性」なども不可欠だ
✔ 超過勤務、休日出勤も当たり前だった財政課で「働き方改革」が断行された
✔ 財政課の効率的な業務遂行は、事業部門の負担軽減にもつながっている
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目次
財政課長が語る「判断基準」
取材当日、山梨県庁内の中庭に、山梨県総務部財政課課長の行村真生さんは、シワが一つもないスリーピースをまとって現れた。袖口にはカフスが光る。差し出された名刺は、「山梨県」の文字が銀色のインクで印刷され、名前の横には「真」の文字が、ていねいに山梨県の伝統工芸品である判子で押印されている。
――パシャ、パシャ。
モデルを撮るかのように、撮影は順調に進んだ。行村さんは、カメラマンが撮った写真をひと目だけ確認すると、「めっちゃ笑っとる」「あとは、お任せします」と言い残し、さっそうと取材が行われる会議室に向かった。
財政課とは、予算の編成に加えて地方交付税や県債の管理などを行う課だ。
誤解を恐れずに言うと、冒頭の通り、財政課は山梨県庁に限らず他の部局(部署)から怖がられている存在だ。それは、財政課に予算査定(=事業担当課から提出された予算要求の内容が適正なものかを審査すること)の権限があるからだろう。
イメージしてみてほしい。仮に、あなたが山梨県庁職員として働いていて、「これは、きっと山梨県のためになるぞ」というような素晴らしい事業企画を思いついたとする。入念にリサーチを重ね、資料をつくりこみ、満を持して財政課に予算案を上げた。
しかし、財政課に「この事業に予算はつけられません」と言われれば、それまでなのだ。新事業にかけた時間はもちろん、労力も、すべてが水の泡となる。
一方で、予算がつく事業もある。違いは一体何なのか。行村さんは、はっきりとした口調で答える。
「たいていの場合、予算を要求する際に部局の方は『これが必要なんです』と『必要性』をお話しされます。でも、そこで終わるのではなく、本当に山梨県が行うべきなのかの『妥当性』、県として政策効果を出すために不足も重なりもないのかの『十分性』、ほかに替えはきかないのか、このアイデアがベストなのかの『代替性』までふまえた案が、ようやく予算計上のテーブルに上がるんです」
加えて、「そもそも、必要性すらも語れないのは論外」とピシャリと言い放った。
「つるし」:部局からの予算要求に対して、一度課長査定を行ったが、判断材料に乏しいとして予算額が決まらないことを「つるし」と呼ぶ。「つるし」とされた事業は、財政課から追加の質問や資料要請がある。「ゼロ決定(=この要求には予算がつきません)」と比較して、まだ予算がつく望みがある状態。
有休消化率100%、削減した残業時間は約2100時間
行村さんの行動には、とにかく無駄がない。
「基本的に、毎日定時で帰るようにしています。今年度、一番遅かった終業時間は20時ですね。1度だけ。有給休暇もほぼ使い切ります。もちろん、私だけでなく、課の職員にも、そうするように促しています。我々の仕事ぶりは県庁全体に大きく影響しますので」
そう言いながら、行村さんは会議室のモニターに、大きな表を映し出した。財政課職員1人1人の残業時間を管理したエクセルだった。
「きちんと統計を取り始めたのが2023年度からなのですが、2024年10月時点で、課全体の総残業時間は2023年度より約1100時間減っています。2023年度も2022年度より約1000時間減っていますから1年半で2100時間の減ですね」
同課の予算第一担当・主計員の田中悠喜さんは語る。
「行村課長が着任された2023年度から、財政課はずいぶんと変わりました。まず、電子化が進んだというのと、査定にかかる時間の削減です」
これまで、財政課では課長査定(事業担当課の資料を元に財政課の担当者が財政課長等に要求内容と査定案を説明すること。)で決まった内容について、専用用紙に手書きで記入していた。それを行村さんは、査定内容を会議室でモニターに映し出し、その場で直接データに入力する方式に変えた。入力は、行村さん自身が行う。
「私が話した内容を職員が持ち帰って、手書きで書いて、それを私が確認して、ニュアンスが違ったら書き直してもらう……という段取り自体が、二度手間、三度手間だと思ったんです。それなら、私自身が査定結果を入力してしまったほうが早い」(行村さん)
そして、残業時間が減った最も大きな理由は、一つの査定に対する判断速度が格段に上がったことだ。財政課に在籍している職員は、口を揃えて「行村課長は、意思決定スピードがとても早い」と話す。
「もちろん、その場で素早く判断する案件もありますが、事前に、部局や知事とやりとりをして、着地点をある程度決めておくような『前さばき』をするケースもあります」(行村さん)
予算査定中に部局と衝突があった際も、通常なら、財政課の担当職員と部局側で調整を続ける。しかし、行村さんは「2往復目くらい」で直接相対するという。緊急性を要するときは、知事の外出先に出向き、話をつけることもある。
こういったことの積み重ねで、従来なら土日はもちろん、盆・正月も当たり前のように行われていた査定作業がすべて、ほぼ「定時内」で終わるようになった。財政課内の残業が減ったのはもちろん、予算を要求する側の部局の負担もぐっと減った。
現在、行村さんは財政課および関係部局内で「判断が早い(そして、物事をはっきり言う)」と評判だ。
「開かずの扉」:財政課のオフィスと、査定を行う会議室をダイレクトにつなぐ扉。以前は、財政課長など「査定を行う側」しか通ることが許されず、そのほかの職員は、迂回経路を使って会議室に入室していた。しかし、行村さんの「ただの扉や」の一言で、いまでは誰もが使用できるようになった。
「投げる球を変えた」ら最短で結論にたどり着くことに
行村さんが「決断を早くする」ようになったのは、意外な理由があった。
「私は、総務省から出向という形で山梨県に在籍しています。山梨県の財政課の歴代課長もそうなのですが、総務省には本当に優秀な人がたくさんいるんです。彼・彼女たちが“うわずみ5%”の人だとしたら、私は所詮、“沈殿物5%”の人間です」(行村さん)
「一生かかっても勝てない」――。自身との力量の差を痛感したとき、悔しさで胸がいっぱいになったという。その瞬間の気持ちを、行村さんは「私は150キロ投げて、田舎では豪速球投手だったんだけど、165キロ投げる人が平気でいた。そんな世界」とたとえた。
「だから、『投げる球』を変えたんです。私の球は、1つ1つが最高値でなくても、外角ぎりぎりにストレートやスライダーを投げ入れすることはできた。つまり、目指すべき方向性をシフトしたんです。財政課の業務で言うと、かかわる人とコミュニケーションを取りながら、妥当な結論に『最短』で辿り着くことなら、自分にも可能だと思ったんです」(行村さん)
山梨県に着任した当初から、長崎幸太郎知事と毎日会話をすることで、知事の考え方や判断基準を吸収した。財務課の職員はもちろん、他部局の人の飲み会にも積極的に参加し、現場の声を聞き出した。
「お酒を飲んで癒着する関係になるのなら、飲まないほうがいいでしょうね。ただ、たとえどれだけ仲良くなっても、私は正論を吐きます」(行村さん)
時には、意思決定の過程において、知事と意見が真っ向から対立することもある。しかし、知事からは「君とは、『本当にこの事業を行っていいのか』を議論したいんだ」と言われている。そのため、知事の判断に資するよう、常に「本音」でぶつかり合う。
「きんぽこ」:「金額保留項目」の略語を「金保項」と呼ぶ。予算額について部長・知事らとの協議が別途必要な項目のこと。
財政課で語り継がれる“ポロシャツ事件”
若さゆえに、思わぬ事態に遭遇することもある。
2024年6月、県庁内のとある課が財政課を訪れた。会議中、その課の課長は、一向に行村さんを見て話をしない。
「後から聞いたのですが、会議に同席した、私より年上の課長補佐を『財政課長』だと勘違いされたみたいで。そりゃそうですよね。先方の立場で考えてみると、30代そこそこの兄ちゃんが財政課長だなんて、到底思わないでしょう。その日、私はポロシャツというカジュアルな装いでしたし……」
過去には、別の課長からコピー取りを依頼されたこともあった。
「『わかりました!』って言って、コピーを取りましたよ(笑)。後から私の立場に気付かれて『あ……』と気まずい空気が流れてしまったのは、ここだけの話です」
この日も、黒色のポロシャツだったそうだ。
予算案を理想通りに査定してもらえるヒント
行村さんによる改革をきっかけに、財政課の“3K”のうち、「きつい」はずいぶんと改善傾向にあるように思える。それでは「怖い」「嫌われる」についてはどうだろうか。
「正直、まだまだ怖がられる側面はありますね……」
と、田中さんは残念そうに笑う。しかし、日々、財政課の仕事にはやりがいを感じていると言う。
「私たちは、『予算を切る』だけが仕事ではありません。過去の上司が、『財政課の仕事をソフトクリームでたとえるなら、担当課が上げてきた土台(コーン)に対して、きれいにクリームを盛り付けてあげること』と表現されていました。まさにその通りだと思っています。そのため、『どうすれば、最後の課長査定で認めてもらえるような形になるか』を、常に考えています。そうした自分自身の判断が、最終的に、山梨県のみなさんのための施策につながるところに、仕事の醍醐味を感じています」(田中さん)
田中さんの発言を聞き、行村さんはすかさずリアクションをした。
「田中さんは、部局からお礼を言われることもあるんです。これは本当にすごいことです。私たちは、文句をぶつけられることはあっても、感謝してもらうことは少ないんですよ」(行村さん)
財政課の残業時間縮小が実現したのは、田中さんをはじめ、優秀な職員が多いのも大きな要因だと言う。
「個々人の能力が高いため、マイクロマネジメント(上司やマネージャーが部下の業務を細かく管理すること)をしなくても成果が出るんです」と、行村さんは笑みをこぼす。
最後に、2022年にスタートし、都道府県が運営するという意味では全国初のオウンドメディア「やまなしin depth」の今後の予算について、行村さんに尋ねてみた。和やかだった雰囲気が一転し、行村さんは「財政課長の顔」に切り替わった。
「私は、新しい試みはどんどん挑戦するべきだと考えています。前向きな取り組みには、一定の予算をつけます。たとえば、部局から『5000万円』で上がってきた予算要求に対して『良い事業なんだから1億円つけよう』と、増額するケースもゼロではありません。けれども、スタートしてから大切なのは、費用対効果といった『数字』です。その効果を県民に数字で説明できるものには、納得のいく額をつけます。反対に、数字が出せない、つまり感情論や『必要性』でしか語れない案件に対しては、ある程度で厳しい判断を下します。この予算も、数字で効果を説明できないのであれば、それ以上は難しいよね、という話です」
とのことである。山梨県の部局の方はもちろん、予算を申請する立場にある人は、参考にしていただきたい。
「でも、個人的には『やまなしin depth』をとても楽しみにしています」
そう付け加え、出口まで見送ってくれた行村さんの表情は、優しかった。
文・土橋水菜子、写真・今村拓馬