
スキルアップを収益アップにつなげる「やまなしキャリアアップ・ユニバーシティ」
(連載:豊かさ共創スリーアップ vol.1)
「努力が報われる環境。それが人口減少対策にもなっていく」
それを実現するためのマジックワードが「3アップ」だ。
働き手の学びが、企業の業績向上と従業員の昇給につながる。
そんな好循環を目指すのが、山梨県が推進する「豊かさ共創スリーアップ」の取り組み。
連載・県政フカボリ!は、この施策にクローズアップする。
やまなしin depthでは、「県政フカボリ!」の新コーナーを始めます。
県が力を入れる重点施策をピックアップし、連載形式でその背景や課題、展望を県民の皆さまにお伝えしていきます。連載第二弾は「豊かさ共創スリーアップ」です。
■この記事でわかること
✔ 3アップを支えるのは「やまなしキャリアアップ・ユニバーシティ(CUU)」だ
✔ CUUの受講生が構築したコミュニティーが、ビジネスマッチングの場となった好例も出ている
✔ 従業員の成長は、単なる自己啓発ではなく、企業が主体的に推進すべき経営戦略だ
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目次
「ラーメン屋」から始まった学びの旅
「ラーメン屋で、たまたま会った知り合いの方にお誘いいただいたんです」
返ってきた意外な答えに、思わず笑ってしまった。
株式会社アシストエンジニアリング(本社・中央市)の秋山恭平さんは、2024年1月から3月にかけてやまなしキャリアアップ・ユニバーシティ(CUU)」の『DX実践講座』を受講した1期生の一人だ。彼がCUUの講座を知ったきっかけは、偶然の賜物だった。

ラーメンをすすりながら耳にしたCUUの講座。秋山さんの興味を引いたのは「特別講師が株式会社ラッキーアンドカンパニー代表の望月直樹さんだった」こと。山梨の伝統産業であるジュエリー業界をリードする企業の代表が語る内容に、好奇心が湧いたという。
「最初は、本当に軽い気持ちで参加してみようと思いました」と振り返る秋山さん。さっそく会社に相談し、受講を快諾してもらえた。18時からの2時間半×全5回というカリキュラムは、業務に支障なく参加できる時間帯だ。会社で負担してもらえた受講費も5,500円(※当時。現在は講座によって5,500円〜22,000円)と手頃な価格設定だった。
そして2024年1月、同僚とともに初の『DX実践講座』に参加した秋山さんは「正直、思っていた以上に濃い講座でした」と驚きを隠さない。
実践的な講座で高いリピート率
「やまなしキャリアアップ・ユニバーシティ」は、『DX実践講座』や『コミュニケーション講座』など、山梨にゆかりのある講師陣による実践的な学びの場として、2023年度に県が開設した。3年目を迎えた現在では講座のラインナップも増え、今年度はCUUオリジナルだけでも18講座を提供。初めて参加する企業も多く、新たな受講者層の広がりが見られる一方で、継続して参加する企業も少しずつ増えている。
県が推進する「豊かさ共創スリーアップ」のロジックはこうだ。
働き手のスキルがアップする→企業の収益がアップする→賃金がアップする。そして企業は、従業員のさらなるスキルアップを促していく—。
このサイクルの中で、「スキルアップ→収益アップ」の流れに深く関わるのがCUUだ。提供される講座はなぜ好評なのだろうか。

学んだDX、すぐに社内で活用
秋山さんに、具体的な講義の中身を聞いてみた。
「5回の講義のうち、1回は望月さんの講演でしたが、残り4回はグループワークが中心。自社にDXをどう取り入れるかを実践的に学び、すぐに社内で活用できたんです」
特に大きな成果となったのは、講座で学んだフレームワークを使って自社のワークフローを徹底分析したことだ。例えば、部署ごとにバラバラだった受発注業務や決済フローを可視化し、不要な工程を省いた。DXで効率化して、具体的な業務改善と経費削減を実現できたという。企業にとっても、社員の学び直しへの投資が確かなリターンとなって戻ってきた形だ。CUUが受講者に実施したアンケートでも、「受講内容を既に実践している」との回答が7割を超えた。
秋山さんは「すごく価値のある講座で、ほかの授業も受けてみようと思いました」と、その後マネジメント関連の講座も受講。自身のスキルアップへの意欲を高めている。

講座から広がる貴重なコミュニティー
CUUの講座がもたらしたのは、知識やスキルだけではなかった。秋山さんが特に価値を感じているのは、講座を通じて生まれた「横のつながり」だ。
「グループワークを通じて、自然と受講生同士の仲が深まりました。営業先や取引先といった関係性ではない、オープンな横のつながりというのは本当に貴重です。『今、うちはこういう状況』『こんなことに取り組んでいる』といった話を気軽にできるのは、非常にありがたいですね」
年齢も職種も異なる受講生たちだが、同じ講座で学ぶ仲間として、多くの共通点を見出したという。
「受講生には社長もいれば、私のような社員も多く、話してみるとどこの会社も課題感が似ていることに気が付きました。DXの必要性は理解していても、いざ現場で導入するなとなると、多くの人が関わってくる分、スムーズには進まない。その難しさや、トップダウンではなくボトムアップでDX推進を提案する方法など、さまざまなことを相談し合えました」
講座終了のタイミングで「もっと集まりたい」という声が高まり、当初は事務局のNTT DXパートナーが、その後は秋山さんが中心となって1期生の同窓会を定期的に開催するようになった。現在ではそれとは別に、講座や期の垣根を越えた公式の同窓会が半年に1回程度開かれ、毎回20〜40人が参加している。

受講していた講座が違えば同窓会で初対面となるケースも多いが、「不思議とすぐに打ち解ける」という参加者たち。共通の課題や話題が、自然と距離を縮めるのだろう。また、秋山さんは飾らない口調でこう語る。
「交流会や同窓会って、最初だけ盛り上がって、いつの間にか消えてしまうケースも多いですよね。そうならないよう、細く長く、続けていければと思っています」
その言葉には、良い意味での「ゆるさ」が感じられる。コミュニティリーダーとしての彼の自然体な人柄が、同窓会の温かな雰囲気を作り出しているのかもしれない。
横のつながりから発展した新たなビジネスチャンス
CUUから生まれた横のつながり。それが、実際のビジネスに発展した例もある。
株式会社M-AND-Tでは昨年、社員6名全員でCUUの『DX基礎講座』と『DX実践講座』を受講した。きっかけは、別のCUU講座を受けていた岩下晃社長の勧めだった。
ホームページ作成やシステム開発など、中小企業のデジタル化支援を手がける同社は、一見するとDX講座を受ける必要はないように思える。社員の一人である皆川大樹さんは「以前にCUUではない、オンラインの単発セミナーは受けたことがありました。でも今回は18時から2時間半で、それが複数回。始まる前は『どんな内容なんだろう』とか『続けられるかな』といった不安もありました」と話す。
しかし実際に受講してみると「いつも時間が足りないくらい、毎回の授業があっという間」だった。社長の狙いどおり、CUUの実践的な講座から、多くの学びを得られたようだ。皆川さんは言う。
「僕たちはITコンサルなどもしているので、本来どちらかといえば講師側の立場かもしれません。でも実際に受講者として授業を受けてみたら、新しい視点や知識を得られて、すごく勉強になりました。特に印象深かったのは『デザイン思考』のアプローチ。具体的な顧客像、つまりペルソナを設定し、それに基づいて提案やアイデアを生み出していく方法論でした。僕自身、それまで『ペルソナ』という概念すら知らなかったので、すごく考え方が広がった気がします。それはほかの社員も同様でした」

また、『DX実践講座』のグループワークでは「ほかの企業がDXについてどんな課題を抱えているかを深く知る機会」にもなった。
多くの企業では、自社の抱える課題に当事者自身が気付いていないケースが多い。皆川さんも「お客様に『何か困っていることはありますか?』と直接たずねても、『いや、特には…』と返答されることがほとんどでした」と振り返る。ところが講座のグループワークでは、課題を聞く前にまず業務フローの可視化から始め、「この工程は効率化できそうですね」といった参加者同士の対話を通じて具体的な改善点を浮き彫りにしていく。「クライアントの本当のニーズを引き出す質問の仕方や、課題発見のプロセスそのものが大きな学びでした」と皆川さんは目を輝かせる。
さらに、グループワークによって潜在ニーズを掘り起こしたことが、新たなビジネスチャンスまで創出した。受講生どうしのネットワーク作りに励み、DX課題について、M-AND-Tとしてサポートできる具体的な解決策を提案。その結果、2社との新規契約獲得に成功したという。
これは特殊な例かもしれないが、講座から生まれたコミュニティーが、そのままビジネスマッチングの場となった好例だ。社員のスキルアップが、直接的な事業拡大、すなわち企業の売上アップに結び付いた形といえる。
社員一人一人のスキルアップが、企業の売上向上に直結する——。この視点に立てば、個人の成長は単なる自己啓発ではなく、組織全体で推進すべき経営戦略といえるだろう。現在、多くの企業が人材不足や投資リスクを理由に、従業員のリスキリングにまだまだ二の足を踏んでいる。だが、「スキルアップから売上アップ」を最大の狙いとするCUUの講座は、その突破口となる可能性を秘めているのではないだろうか。
今年度、展開されているCUUの全18講座
地域経済の活性化と持続的な発展を目指す「豊かさ共創スリーアップ」。働き手のスキルアップを企業の収益アップにつなげ、そこからさらに賃金アップとして働き手に還元させることで、「社会全体に『努力が報われる』という実感を取り戻す環境づくりを進めて参ります」と長崎幸太郎県知事も県議会で力を込めた。
この取り組みの基盤となっているのが、CUUの多彩な講座プログラムだ。
CUUの講座は年々進化し、ニーズに合わせて拡充されている。2025年度は新たに、デジタルツールや生成AIなど、現代のビジネス環境で求められるスキルに焦点を当てた9講座が加わり、全18講座という充実のラインナップとなった。以下がその18講座だ。

それぞれの職層に応じて実務に直結する幅広い分野を網羅しており、「自分で受講したい」「社員に受けさせたい」という講座がきっと見つかるはず。
講座の詳細や申込方法はCUU公式サイトで確認できる。また、どの講座を選べばよいか迷っている方には、コーディネーターによる学習計画相談サービスも提供されている。
なお、スリーアップの理念に共感する企業は、CUU公式サイトから「豊かさ共創スリーアップ推進宣言」への登録が可能だ。これは企業が「経営方針等の共有」「意見等の尊重」「スキルアップへの取り組み」「収益アップへの取り組み」「賃金アップへの取り組み」という5項目を宣言し、取り組みを進めていくもの。CUUの講座を受講するためには、基本的にこの宣言企業に登録する必要があり、その数は2025年7月時点で800社以上にのぼる。登録企業はCUUの利用や県主催の合同就職フェアへの参加枠など、様々な支援を受けられるのが特徴だ。
2023年の始動以来、県内で着実に広がりを見せる「豊かさ共創スリーアップ」。この取り組みは今後、企業価値を測る重要な指標となっていくだろう。その中核を担うCUUの講座に興味を持った方は、まずはCUUの公式サイトを確認し、スキルアップの第一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。
※CUUの公式サイトはこちら
文・中村麻衣子


