
「うちの子の学級、25人以上いるんですけど!?」 少人数教育のいろんなカタチ
(連載:少人数教育 vol.3)
ある日、山梨県庁に1本の電話が入った。
「いま、山梨県は『25人学級』を推進しているんですよね?」
「うちの子のクラスには30人近く児童がいるんです」
「どうしてなんですか?」
このとき、山梨県はあることに気がついた。
そうか、「山梨県の少人数教育」=「25人学級」という認識が広がっているのかと……。
そこで、「連載:少人数教育 vol.3」では
山梨県の少人数教育の考え方について、あらためてフカボリする。
やまなしin depthでは、「県政フカボリ!」の新コーナーを始めます。
県が力を入れる重点施策をピックアップし、連載形式でその背景や課題、展望を県民の皆さまにお伝えしていきます。連載第一弾は「少人数教育の推進」です。
■この記事でわかること
✔「25人学級」だけではなく「アクティブクラス」という制度できめ細かな指導に取り組んでいる
✔「アクティブクラス」は教員の新しい働き方も生んでいる
✔「25人学級」を実施できない小規模校にも手厚い支援がある対処だ
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1クラスに先生が2人?
「いまから、じゅぎょうをはじめます」
南アルプス市立白根東小学校単級1年生の教室に、日直当番の児童2人の声が元気に響き渡る。
「きをつけ、れい。おねがいします!」
挨拶が終わると、担任の朝比奈真帆先生が縦半分に切った紙コップを取り出し、ちょっとした人形劇を始めた。
「パクパク。私は誰ですか?」
——きゃー!
それを見た子どもたちのテンションは最高潮に達する。
「今日は、はさみを使ってこの人形〝パクパックン〟をつくります」
朝比奈先生がやさしく子どもたちを落ち着かせる。

ふと、教室の後ろに目をやると、河西美智子先生がトイレットペーパーでせっせと床を拭いている。
「さっき、児童の一人が水筒のお茶をこぼしちゃったんですよ。ふふ、よくあることなんです。まもなく授業が始まるところだったので、私が処理しています」
アクティブクラスはこんな制度
山梨県の少人数教育には、大きく分けて二つの枠組みがある。
一つは、全国初の取り組みとして注目を浴びた「25人学級」だ。
1クラスを国の基準(=1クラスあたり35人)よりも少ない25人以下にして、子どもたち一人ひとりにきめ細かな指導をすることを目的としている。
そして、25人学級と比べると、あまり認知されていない「アクティブクラス」という制度がある。
アクティブクラスとは、25人を超える学級に対して、クラスを分けずに教員を追加で配置する仕組みだ。
白根東小学校1年生がその例で、総勢32名の児童を学年1クラスとし、朝比奈先生が担任として授業を中心的に行い、河西先生がサポートをする。
アクティブクラスについて、白根東小学校校長の小池孝二先生はこう語る。
「たとえば、36人のクラスがあったとします。それを二つに割って18人ずつの2クラスにしても、36人を1クラスにして2人の教員をつけたとしても、教員一人当たりが見る児童の数は同じになる。結果、『25人学級』も『アクティブクラス』も、子どもたちにきめ細かな指導が行き届くんです」

もともと、アクティブクラスは25人学級の導入時、1クラスあたりの人数が過度に少なくならないよう配慮するために生まれた制度だ。集団が小さくなりすぎると、多様な意見にふれる機会が減ったり、行事の規模が縮小したりする可能性があるからだ。
実際、25人学級も人数が少ない分「合唱のときのパワーが出ない」「球技など、1クラスでできる競技が限られる」といったデメリットがあると言われている。こうした行事の際には、一定人数を確保できるよう複数のクラス合同で行うなどしてカバーしている。
そのため、山梨県では現在、小学校1年生から4年生までは、1クラスあたりの人数が26人 から国の基準である35人までの場合アクティブクラスとし、36人以上になるときは国の基準で2クラスに分かれ、25人学級になっている。
実はすごいアクティブクラス
取材当日、白根東小学校1年生は図画工作の授業で紙コップを使った工作を行っていた。
まずは、教壇で朝比奈先生が作品のつくり方や、はさみの持ち方などをていねいに指導する。工作が始まると、河西先生は朝比奈先生と一緒に教室内をまわり、作業に手こずる児童にそっと声をかける。

2023年に白根東小学校の教員となり、過去には3年生、4年生の21人クラスを受け持ってきた朝比奈先生は、アクティブクラスについてこう語る。
「たとえば、私の発言が一度で聞き取れなかったり、理解できなかったりしたときに、担任以外のもう1人の先生が常駐してくれていることは、子どもたちにとっても安心材料になっていると思います」
アクティブクラスの先生の多くは、一度教師を定年退職したのちに、非常勤講師などの形で教室に戻ってきた人たちだ。ベテラン教員が加配されることは、朝比奈先生のような若手教師にとってもメリットが大きいという。
「困ったことや相談したいことがあるとき、いつも一緒に子どもを見ている、それもキャリアのある先生に相談できるのはとてもありがたいです。先日、私は体調を崩してしまったのですが、その際も、ふだんから授業をともにしているので、引き継ぎもスムーズでした。もし、私1人でクラスを担当していたら『自習用にあのプリントを準備しなくちゃ……』といろいろと思案していたと思います」
フルタイムでなくとも、教壇に立ちたい
アクティブクラスによって、教師の働き方にも変化が起きている。
河西先生は教員を定年退職したのち、再任用として働いていた。
「定年退職をした際に、『もう少し教育に携わっていたい』という思いがあったんです。4年ほどは再任用として働かせてもらっていました」
しかし、様々な負担を考え、勤務条件など働き方を見直したいと感じながら教育に携わってきた。そのようなとき、2025年度から白根東小学校新1年生がアクティブクラスになると知り、職種の変更を希望した。
「アクティブクラスなら、時間で区切ったいわゆるパートタイム的な働き方ができます。体の負担も減りましたね。また、非常勤になればこの学校に残れることがわかったんです。長らくこの学校で勤めていましたので、今、1年生から6年生まですべての子どもたちの顔を知っている状態です。みんな、本当にかわいくて……。ぜひ、白根東小学校で指導を続けたいと思ったのも大きな理由です」

こうして2025年度からは、アクティブクラスの非常勤講師として勤務するようになった。
現在、河西先生は午前中のみ働き、午後からは別の先生がアクティブクラスの担当として、朝比奈先生のサポートを行っている。
教員不足をどう克服するか
先述の通り、アクティブクラスは「1クラスあたりの人数が少なくなりすぎないように」という発想のもとで誕生した制度だ。
ところが、最近では不足する教員を補うという観点からも有用だとわかってきた。
山梨県内はもちろん、他の都道府県で教員として働いていた人が定年退職後にアクティブクラスの先生になるケースは多い。家庭の事情などで、フルタイムでは勤務できない人が非常勤講師としてアクティブクラスを選ぶ例もある。
それでも、まだまだ教員が足りないのが実情だ。不足する教員をどのようにして補うか——。
義務教育課長の望月俊孝さんによると、かねてより、山梨県は県内の公⽴⼩学校に教諭として⼀定期間勤務することを条件に、⽇本学⽣⽀援機構の奨学⾦の返還⾦の⼀部を補助する制度を実施している。また、最近では教員をめざす人に山梨県の少人数教育を知ってもらうため、定期的にフォーラムを開催し、積極的に情報を発信している。
2025年には新たに動画コンテンツも作成した。動画には、県内で実際に教師として働く人のインタビューを収録し、「教員になって感動したエピソード」をはじめ、「研修会や勉強会でスキルアップできる機会があるか」などの問いに対し、現役先生のリアルな声を届けている。

小規模校にも手厚い支援
「山梨県では、1学年25人に満たない小規模校など、少人数教育の恩恵が及ばない地域の教育にも、補助金を支給することで教育の充実を図っています。2024年には、小規模校を抱える県内5つの町村がこの事業に参加しました」
こう語るのは、少人数・義務教育指導監の田邉靖博さんだ。

小規模校の取り組みを知るため、田邉さんの案内で道志村立道志小学校を訪れた。道志小学校では、一つの校舎を共用する道志中学校と頻繁に交流をしている。
2024年から道志小学校に着任し、現在13人からなる小学校3年生のクラスを受け持つ鈴木將公先生はこう語る。
「先日、『親切』をテーマに道徳の授業を行いました。最初、3年生だけで話し合ってもらうと、『親切=やさしいこと』という答えが中心でした」
そこで、鈴木先生が撮りたての動画を教室で流した。中学生2人に同じテーマで語ってもらったインタビュー動画だった。「中学生の意見を聞くことで議論が深まり、『親切に欠かせないのは、相手を思いやる心』という結論に至りました。こんなふうに、中学生とかかわることで3年生同士では出てこなかった学びが得られるケースは多々あります」
また、ICT機器を用いて県外の学校との合同授業も行っている。
最近では、県の予算で購入したドローンを活用して道志村にまつわる動画を作成し、東京・大田区の小学校にオンライン上で紹介した。
その際、道志村について紹介する資料は、パワーポイントやイラストつきの手書きのものなど、子どもたちがそれぞれ得意な方法で作成した。大田区の小学校からは、地元の名勝「洗足池」が紹介された。

大田区の小学校とは、以前鈴木先生が勤務していたことからつながりができたという。鈴木先生は東京で教員生活をスタートさせたのち、2021年度に生まれ育った山梨県に戻ってきた。
「東京も好きです。だけど、私はやっぱり地元で働きたいなと思って帰ってきたんです。しかし、道志村の児童の中には、修学旅行で行く東京や横浜が貴重な機会である子もいます。保育園からずっと単級で進んでくる子どももいて、友人関係が固定化してしまうケースもあります。だからこそ、いろんな世界を見て、最後はどこに進むのか、自分たちで決められるようになってほしい」
オンラインでの交流にとどまらない。昨年11月には、道志小学校の児童たちが、横浜市緑区にある市立中山小学校を訪問。おおぜいの中山小児童を前に、道志小の学校紹介をするなど、交流を深めた。

道志小学校校長の深沢昭彦先生はこう語る。
「人数が少ない分、一人ひとりに合わせた個別最適な学習を用意できるのは、小規模校のメリットだと自信を持って言えます。一方で、他者とのかかわりのなかでいかにして学びを深めていくかは、私たちが意識して場を提供していく必要があると感じています」

道志小学校では、避難訓練も中学校と合同で行っている。小さな児童から中学生の生徒までが一体になっていざというときに備え、保護者の引き取りも一緒にやっている。

図書室も小学生と中学生が一緒に使う。小さな児童にとっては、少し背伸びした本に出会うことができる素敵なスペースになっている。学年や学校を越えてさまざまなつながりを体験してもらう工夫が凝らされている。

山梨県の少人数教育のあり方について、関係者の模索は続いている。さらなる試みについて、改めてこの連載で取り上げていく予定だ。
文・土橋水菜子、写真・山本倫子


