
4年前、山梨県は25人学級を選んだ。それは正しい決断だったのか?
(連載:少人数教育 vol.2)
2026年度以降、山梨県の25人学級が小学校の全学年に広がる。
県が実施した導入後の効果検証*では、驚くほどよい数値が並んだ。
学校現場からも「子どもたちにきめ細かな指導ができる」と、好意的な意見が続々と届く。
しかし、本当に「いいこと尽くめ」なのだろうか?
「県政フカボリ! 連載・少人数教育」の第2弾は、
自身も山梨県で育ち、教員になった女性教師のストーリーから
少人数教育の実態と課題を浮き彫りにする。
やまなしin depthでは、「県政フカボリ!」の新コーナーを始めます。
県が力を入れる重点施策をピックアップし、連載形式でその背景や課題、展望を県民の皆さまにお伝えしていきます。連載第一弾は「少人数教育の推進」です。
■この記事でわかること
✔ 25人学級の導入により、問題が解けずに悩んでいる子どもを手助けできる時間が増えたと教員から評価する声が上がる
✔ 導入前と比較して、学科の正答率に加えて意識調査でも好影響が出ていることがわかった
✔ 少人数教育を推進していくための課題は、財源の確保と教員不足への対処だ
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目次
ある先生に憧れて……
当時、小学校6年生だった金丸春奈さんは、ちょっとしたことで友人と言い合いになった。
思春期の女の子にとってはよくあるケンカだった。だから、担任だった男性教師に呼び止められ、「さっきはあなたが言いすぎたんじゃないかな」と注意されたときは、思わずムッとした。
挙げ句の果てには、その日、家にも電話があった。電話を受けた母は「わざわざ電話をくださるなんて、いい先生ね」と、先生を信頼しているように見えた。
一方で、金丸さんはそんな先生のことを少し面倒に思っていた。
「『私に構わないで』というのが、そのころの私の本音。でも、卒業が近づくにつれて、『両親以外で私のことをここまで指導してくれたのは、先生だけかもしれない』って気づいたんです」
中学生になり、自分の進路について考える場面が訪れた。
「あの先生みたいになりたい」
それからは、「教師になる」という夢に向かって一直線に進んだ。
子どもたちの進捗に応じて個別指導ができる
2025年3月、教師になって20年を超えるベテランとなった金丸さんは韮崎市立甘利小学校の1年1組で教鞭をとっていた。
算数の授業だった。問題が解けた児童は背筋を伸ばし、クラス全員の20人が解答し終えるまで、静かに待つ。
金丸さんは教室内をゆっくり歩き、一人ひとりの解答をていねいに見て回る。進捗が芳しくない児童にはそっとヒントを伝える。

山梨県は2021年度から全国で初めて公立小学校の1年生に25人学級を導入した。その後は対象を順次拡大し、2025年度からは5年生に、2026年度からは6年生にも対象学年を広げる。
金丸さんは、25人学級についてこう語る。
「たとえば、ある課題を出してそれに対する丸つけを行う際、25人学級導入以前のクラスでは、授業内にすべての児童の解答をチェックするだけでもとても時間がかかっていました」
導入以前の学級では、問題が解けた児童から順に教壇に来てもらっていた。時には、行列ができてしまうこともあり、金丸さんは「待っている間の時間がもったいない」と感じていたという。低学年の場合、並んでいる間に友人同士でおしゃべりをしてしまう児童や、じっとしていられない子どももいた。そのたびに注意をして、悪循環に陥った。
「でも、少人数なら『できた子は姿勢を正して座って待っていてね』と伝え、こちらが教室内を回れば効率的に丸つけができます。その分、問題が解けずに悩んでいる子どもを手助けできる時間もぐんと増えました」
小学校4年生時点で学力差が現れる
山梨県は、2020年度から2024年度にかけて、25人学級導入の効果検証を行った*。そこで注目を集めた結果の一つが、算数などの記述問題の「無解答率」だった。
ある問題に対して、「何も答えを書かなかった割合」は、導入後の学級のほうが最大3.5ポイント低くなっていた。

この結果に対して、山梨県教育委員会少人数・義務教育指導監の望月陵さんはこう語る。
「学級の人数が減ったことで、児童1人あたりの発言や発表のチャンスが増えました。これまで、『先生が授業を進めてくれるから、それを聞いていればいい』と受け身だった子が減り、授業を“自分事”として捉える子どもが増えたのだと考えています」
設問ごとの平均正答率も、導入後の学級のほうが高くなっている。

子どもたち一人ひとりに「もう一声」かけられるように
少人数教育の恩恵は、大きく分けて2つある。
まず、学習形態が著しく変わった。従来は黒板などを用いて、先生がどんどん授業を進めていくケースが多かった。導入以前の学級は人数が多く、先生が当てた児童だけが発表するので精一杯。だが、少人数になったことで、1日を通して全員に発表の場を与えられるようになった。
金丸さんも「現在は1日1回、子どもたち一人ひとりが輝く場面をできるだけつくるようにしています。クラスのみんなに注目されるとうれしいですし、『認められた』という経験が、その子の自信につながると思っているからです」と話す。
もう一つの恩恵は、先生との「距離」が縮まったことだ。児童からすると、困ったことや相談したいことがあるときも、先生に気軽に声をかけられる。先生側から見ても、学習が遅れている児童はもちろん、生活態度が気になる子どもに対してもフォローがよりしやすくなった。
望月さんはこう話す。
「先生方が以前からずっとやってあげたいと思っていた『もうひと声』のフォローができるようになったのだと思います。教育において、この『ひと声』の積み重ねが与える影響は非常に大きいんです」

その結果、子どもたちの自己肯定感も高まっている。「自分の良いところを言えますか」「決められた仕事をしっかりやっていますか」といった意識調査の多くの項目で、導入後の学級によい影響が見られた。

自身の保護者としての経験からも
金丸さん自身も現在、3人の子どもを育てている。我が子が30人以上の学級に在籍していたときには、保護者として、不安に感じてしまったという。
「当の本人は『人数が多くて楽しい』なんて言っていました。ひょっとしたら、子どもは30人でも、25人でも、どこでも元気にやっていけるのかもしれません。でも、親としてはやっぱり『うちの子、先生の話をちゃんと聞いてるの?』って心配になりましたね」
一方で、あるタイミングで少人数教育になった次女は、そのころから学校に関する話題が増えたという。
「『今日、先生とこんなお話をしたよ』とか『友達と一輪車で遊んだよ』など毎日学校での出来事を報告してくれるようになったんです。クラスの人数が減ったことで、先生や友達との関わりや深まりが増したのかなと感じています」
先述の山梨県の調査*でも「困ったときに先生や友達に言えますか」という質問に対して、導入後の学級のほうが、「いつも」と答えた割合が4.4ポイント高くなっている。

全員を一度に見ることはできない。だからこそ……
金丸さんは、低学年の担任を受けもつことが多いという。
「金丸先生は幼い子どもへの教え方が上手」「安心して任せられる」と周囲からの評判も上々なのも理由の一つだろう。
しかし、そんな金丸さんも、およそ20年間の教員生活でたくさんの壁にぶつかってきた。
「恩師に憧れてこの世界に入りましたが、理想と現実はずいぶん違いました。自分が担任になるのはこんなに大変なことなんだって気づかされましたね」
教師になり、初めて教壇に立ったときはうれしかった。ところが、いざ授業を進めていくと、児童一人ひとりの進度の違いにとまどった。
給食の配膳にかかる時間や帰りの支度など、見通し以上に時間がかかる場面も多く、常に「早め早め」の対応を迫られた。授業内容や子どもに関すること以外で手一杯になり、“理想の先生”になれていない自分にヤキモキした。残業しても、余裕ができることは決してなかった。
「私が憧れた先生は本当にすごい人だったんだなって、改めて思いました」
過去に一度、目を離した隙に児童が大きなケガをしてしまったときは、このまま、教員を続けていいのだろうか…と悩んだ
「もう少し、私が全体を見ていればって……心から後悔しました」
本人や保護者は金丸さんを責めることは一切なかった。だが、金丸さんは教師としての責任を重く受け止めていた。
体育、彫刻刀を使うような図画工作、家庭科の調理実習……学校現場で事故が起こりうる場面を挙げればキリがない。廊下を走り回る児童がいれば、休み時間だって危険だ。学校の先生は、常に神経を張り巡らせている。それでも、残念ながら全員を一度に視界に入れることはできない。
悩み続けた金丸さんも、周囲のサポートによって少しずつ自分を奮い立たせた。何より、金丸さんを励ましてくれたのは児童たちの存在だった。
「つらいことがあっても、どれだけ疲れていても、気持ちをポジティブな方向に向けてくれるのは、やっぱり子どもたちなんです。昨日できなかったことができるようになったり、頑張っていたりと、毎日あちらこちらに感動が散らばっていて。そんな一瞬一瞬に同席させてもらっていると、やっぱり、やめられない。私は、教師をやめられないって」

そして、2021年度から山梨県で25人学級がスタートした。
「いまは『こんなこともできそう』『あんなことできそう』と、子どもたちにしてあげたいことがあふれる毎日です」
金丸さんに、少人数教育がスタートしたことで「憧れの恩師」に近づくことができたのではないかと尋ねてみた。
すると、金丸さんは少し間をおいて「そうですね、そうかもしれませんね」と遠慮がちに微笑んだ。
少人数教育、これからの課題は
今後も25人学級の対象学年を広げていくためには、大きな財源が必要だ。過去の「少人数教育推進検討委員会報告書」では「少人数教育を推進するため、県には、引き続き財源の確保や人員の確保について努めていただきたいと願う」と指摘されたことがある。
25年度は電気事業会計の収益から7.5億円を増額して繰り入れた。
この収益は、主に水力発電で得られたものだ。裏を返せば、発電所が老朽化した場合のリプレースに備える費用だったとも言える。
発電所に投資するのか、子どもに投資するのか、それは単純なトレードオフの関係ではない。そのようななか、山梨県は「子どもの未来」にかけた。選択の結果は、きっと遠くない未来に示される。
さらに、25人学級を進めていくには教員不足の問題が深刻だ。金丸さんも現在は1クラスの人数が20人になったとはいえ、決してゆとりがある働き方をしているとは言えない。
「平日、自分の子どもたちと夕食を囲むことはありませんし、夜は食事を用意してあげることもできません。朝も、私が先に出るので『いってらっしゃい』を言ってあげられない。ママ教師特有の、ジレンマですね……」
加えて、注意したいのが、たとえ教員をかき集めたとしても「教員の数=教育の質の向上」という図式にはならないことだ。質の高い授業ができる教員がいて初めて、教育レベルの底上げが実現する。
25人学級を小学校の全学年に拡大するにあたって、不足している教員をどう補うのか。また、25人学級を適用できない小規模校にはどのような手立てを講じたらいいのか――。次回の特集でさらにフカボリする。

※肩書き・学年は取材当時のものです。
文・土橋水菜子、写真・山本倫子


