女子も男子も関係ある。知っておきたい「プレコンセプションケア」のこと
自分の身体のことを、
一番知らないのは自分かもしれない。
就職・結婚・妊娠――。
人生のターニングポイントで大切な健康を守るため、
“プレコンセプションケア”を始めてほしい理由がある。
◼️この記事でわかること
✔ コンセプション=妊娠という言葉に、若者たちは自分とは無関係と思ってしまいがちだが、健康管理は未来の自分を大切にすることだ
✔ 若いときの少食や栄養不足は、将来の健康リスクを高める原因になりやすい
✔ 生理痛を軽く考えてはいけない。放置すれば子宮の異常などを見落としかねない
✔ 山梨県はプレコンセプションケア意識が高い婦人科・産婦人科のネットワーク作りをして、他の自治体との違いを出している
✔ 山梨県庁は、昨年から不妊治療で保険適用外の先進医療にかかる費用を7割助成する制度を始めている
✔ 不妊治療経験者に山梨県がアンケートを実施したところ、もっと若いうちから健康についての意識を高めておけばよかったという切実な声が寄せられた
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TGCの片隅で
2023年10月21日、私が楽しみにしていたファッションイベント『TGC FES YAMANASHI 2023』が開催された。
いつもSNSで見ている人気モデルや有名アーティストたちは、ステージの上でキラキラしている。ちょっと休憩しにメインエリアの外に出ると、そこには10~20代の女の子たちの興味を引くブースが立ち並んでいた。
限定のオリジナルスイーツやアクセサリー、スキンケア用品……。
その中に、「1日限りの無料出張産婦人科外来」のブースがあった。
ファッションイベントになんで産婦人科?
まだ妊娠とかしないし。てか、結婚するかもわかんないし――。
なんとなく素通りしちゃった。
でも会場を出て、ふと思う。あれは大事なことだったのかもしれない。
そう、若い人たちに“プレコンセプションケア”を知ってほしいからTGCにブースがあったんです。
“プレコンセプションケア”ってなに?
プレコンセプションケアは、将来の可能性を広げるための手段のひとつ。
簡単に言えば、「若いうちから健康管理しましょう」ということだ。
コンセプション=“妊娠”という言葉が先行しがちだが、男女ともに若いうちから健康でいれば、いざ子どもが欲しいと思ったときにハードルは下がる。もし子どもを持たなかったとしても、健康でいるに越したことはない。
「若くて元気なら健康ってことでしょ」「大きな病気してないから大丈夫」なんて思っていたらキケン信号だ。いまの生活習慣が未来の自分を悩ませているかもしれない。
“面倒くさいから”のリスク
山梨県立大学飯田キャンパス保健師の齋藤麻美さんは、学生たちの健康診断結果に危機感を感じていた。
多くの学生が “痩せすぎ”なのだ。
齋藤さんは学生たちの食生活について、「納豆ご飯を食べるだけでも偉い」と話す。一人暮らしの学生は一日一食、お菓子が主食というのも珍しくない。過度なダイエットをしているわけではない。野菜などは値段も高いし、調理するのも“面倒くさい”のだ。栄養バランスよりも、パンや賞味期限が長いお菓子に頼りがちになる。
「痩せているから健康とは限りません。若いときの少食や栄養不足は、将来の健康リスクを高める原因になりやすい」(齋藤さん)
保健室を訪れる学生は1日に平均して3人程度。齋藤さんは学生と他愛ない話をしながら、さりげなく食生活や運動習慣を聞いて気を配っている。必要な学生には指導もするが、なかなか伝わらないもどかしさがあるという。
「学生たちは授業やアルバイト、遊びの予定で毎日忙しい。つい自分のカラダのことは後回しになってしまうのが心配です」
それは保健室にやって来る女子学生たちが何気なく話す、
“あの症状”についても。
生理痛も受診理由になる
生理痛は当たり前すぎて、多くの女性は自分の痛みがスタンダードだと思い込んでいる。
しかし実際は、ほとんど痛みを感じないタイプの人もいれば、動けないほどの激痛に襲われるタイプの人もいて、人それぞれ痛みの度合いは異なる。
「“ただの生理痛”がサインになることもある」と斎藤さんは言う。
重い生理痛や2~3ヵ月続く生理不順を“いつものこと”だと軽く捉えていても、実は子宮などの病気が隠れている可能性がある。
「学生に婦人科医院を受診するよう勧めると、生理痛なんかで病院に行っていいの?と聞かれることもあります。いまはピル治療など選択肢が増えているので、早い段階で医師に相談することが大切です。生理前のイライラだって、ちゃんとした受診理由になることを知ってほしい」(齋藤さん)
婦人科・産婦人科医院は、子宮がん検診や妊娠のイメージが強く、内科や皮膚科に比べて受診のハードルが高いと感じる人が多い。しかし受診のタイミングが遅れることで治療が困難になるケースもある。
20歳前後から“かかりつけの婦人科医院”があれば、小さな身体の異変を見過ごさずに済む。齋藤さんは婦人科医院を紹介して、学生と一緒に診察予約を取るサポートもしている。
各自治体がプレコンセプションケアを進めているが、山梨県の特徴はプレコンセプションケア意識が高い婦人科・産婦人科のネットワーク作りに取り組んでいることだ。山梨県子育て政策課の大船朋美さんはこう話す。
「山梨県は他県より小さいぶん連携しやすいんです。婦人科医療を多くの学生につなげるために、今後もネットワークを広げていきたい」
「もっと早く知っていれば」
2022年、県は不妊治療を経験した男女422人を対象にアンケートを実施した。
『まさか自分が不妊治療をするとは思いませんでした』
『妊娠や出産についての知識を、もっと早く知っていればよかった』
コメント欄にびっしり書かれた切実な声に、大船さんは心を動かされた。
「なんとかしなきゃ、と思いました。どんなに制度を整えても、若い世代の妊娠・出産に対する知識が広がらないままでは意味がありません。まずはプレコンセプションケアに興味をもってもらうきっかけを作らなくてはいけないと」
保健師の齋藤さんに「大学でプレコンセプションケアのセミナーを開催してみるのはどうだろうか」と提案したところ、協力しますと快く受けてくれた。
2023年6月、産婦人科の女性医師を迎えて、本格的にイベントの打ち合わせが始まった。
アンケート結果を受け、山梨県は2023年9月、不妊治療で保険適用外の先進医療にかかる費用を7割助成する制度を始めた。そして、打ち合わせを重ねたイベントは、その翌月開かれた。
カフェのような雰囲気で
10月30日、月曜日。昼休みの学内講義室。
丸テーブルを囲んで、お弁当を食べている子もいる。何をしているのか分からず通り過ぎようとする学生たちに、斎藤さんが「プレコンセプションケアの話をするから、ちょっと聞いていかない?」と声をかけた。
集まったのは女子学生20人、若手教職員15人。
セミナーを大学授業の一環とする案も出たが、あえて少人数にすることで「カフェでランチするように、和気あいあいとした雰囲気の方がプレコンセプションケアを身近に感じてもらえるのでは」と考えた。
講師は産婦人科医、不妊症の専門知識がある看護師、管理栄養士の3人。子宮の仕組み、食生活、パートナーとの関わり方についてなど、身体だけでなく精神的なケアまで幅広く説明した。
最初は何となく聞いていた学生たちも、自分が当たり前に見過ごしてきた不安や疑問がプレコンセプションケアに関係していると気付くと、眼差しは真剣なものに変わった。
セミナー後、講師のもとには5、6人の学生たちが質問の列をつくった。
第一回目の大学内プレコンセプションケアセミナーは盛況に終わったが、課題も残ると齋藤さんは言う。
「セミナーを見に来た男子学生が、女性ばかりの空間に入りづらくて帰ってしまったのが残念でした。今後は、どうすれば男性も参加しやすくなるのか考えていきたいです」
11月9日のオンラインセミナーでは、アーカイブ視聴者も含めると約60人が参加し、そのうち10人は男性だった。
「彼氏と一緒にオンラインセミナーを視聴すると言った女子学生がいて嬉しかった。プレコンセプションケアは男女ともに知識を深めてこそ将来につながります。男性にも自分事として考えてもらう機会を増やしていきたい」(大船さん)
プレコンセプションケアは“ライフデザイン”
プレコンセプションケアは少子化対策と結び付けられ、“産めよ増やせよ”の政策だと誤解されることもあるが、大船さんはこう言う。
「自分の身体について知ることが、“ライフデザイン”の一歩になる」
何歳までに妊娠・出産したいと計画しても、実際にそのタイミングで妊娠できるかは分からない。プレコンセプションケアの知識をパートナーと共有して、理解し合うことが大切だ。
男女ともに、自分の身体のことをライフデザインに重ねて考えてみてほしい。
山梨県はプレコンセプションケアを含む健康問題について、無料のオンライン相談を提供している。
※無料のオンライン相談はこちら
文・北島あや、写真・今村拓馬