全国モデルとなった「やまなしグリーン・ゾーン認証制度」

始めた当初は批判も多かった。しかし、いまや全国がモデルにする施策となった。

いまだから話せる「紆余曲折のストーリー」をお届けする。

認証施設9割までの道のり

 山梨県では店舗の入り口で、緑の丸が2つ描かれているステッカーをよく見かける。このステッカーは、感染予防を目的とした山梨県独自の「やまなしグリーン・ゾーン認証」の認証店を示している。さまざまな感染症対策をしないとステッカーの交付は受けられないのに、交付された県内の飲食店・宿泊施設の数は9割にのぼる。2020年6月から申請が始まったこの制度は、いまでこそ、多くの店舗で支持されるまでになったが、その道のりは決して平坦ではなかった。

1日数組の日も…

「コロナ禍で、お客さまが9割減ったときもありました。いまも来客数はその都度変動しています」

 甲府市のJR甲府駅北口から徒歩3分のイタリアンレストラン「Ristorante Barolo (バローロ)」で、オーナーを務める冬頭喜郎さんの思いは切実だ。

 コロナ前は1日50人以上が訪れていたという店でも、2020年4月に1回目の緊急事態宣言が出されたときは、4月〜5月末まで休業した。6月になっても客足は戻らず、1日数組程度という日が続いた。経営と雇用をどのように維持するかが大きな課題だった。

 その矢先、山梨県が新たな認証制度を始めることを知った。

 山梨県は2020年5月、「山梨全体で安心・信頼を提供」するとして、感染症に強い社会への移行戦略となる構想のスタートを表明した。その名も「やまなしグリーン・ゾーン構想」。その一つが感染予防策を講じた飲食業や宿泊業を県が直接認証する「やまなしグリーン・ゾーン認証制度」だ。

 しかし、冬頭さんはすぐには認証制度に申請しなかった。

「様子をみることで、内容を理解し、メリットと感染防止の確実性を見極めてから判断したかった」(冬頭さん)

Ristorante Baroloの店内。高いパーティションがテーブルの上に置かれている

 だが、県の説明を聞いたり、他の店が認証を申請するのをみたりした冬頭さんは8月中旬に認証を申請、9月中旬には認証マークを取得することができた。当時のことをこう話す。

「グリーン・ゾーン認証を受けたことで、安心して来店できると言ってくださるお客さまがいました。とくにご年配のかたが多かったです。認証マークをつけることでお客さまにも感染拡大防止の協力を得られたように感じます」

 未知のウイルスは今後どのような変異をするか、専門家の意見も分かれている。今後、「第7波」が来る可能性は否定できない。

「感染拡大防止について、自分たちだけでは何から始めていいのかわからなかった。グリーン・ゾーンの指針があったことで、お店もお客さまもわかりやすく取り組めていると思う」(冬頭さん)

店に寄り添い、対策を一緒に考える

 政府は2021年5月、見習うべき感染症対策として山梨県のグリーン・ゾーン認証をモデルにし、全国の自治体に「第三者認証制度」の導入を呼びかけ、現在はすべての都道府県で導入されている。政府が呼びかける約1年前から制度を始めた山梨県では現在、9割の飲食店・宿泊施設が認証を取得し、「安心と信頼」を提供している。しかし、当初、グリーン・ゾーン認証は事業者らの評判は決して良いものではなく、なかなか浸透しなかった。

 県は2020年5月、各課から職員を集めてプロジェクトチームをつくり、グリーン・ゾーン認証制度の設計を始めた。そして、2020年8月、プロジェクトチームから正式に「グリーン・ゾーン推進課」を新設した。グリーン・ゾーン推進課は認証取得の推進のほか、認証制度の普及や制度の拡充などに取り組むこととなった。

 同課の小田切夏樹(おたぎり・なつき)主任=記事冒頭の写真=はこう説明する。

「当時は、事業者のかたから、『どのような感染症対策をしたらいいのかわからない』という声が多く寄せられました。そのため、認証基準やQ&Aを定めるにあたって、誰が見てもわかりやすいよう、具体的な数値を明確にしました」

 また、認証制度を理解してもらうため、市町村や商工会などと連携し、県内各地で事業者向けの説明会を開催。累計で約30回、計660人以上の事業者と直接、対話した。小田切さんは「事業者に怒鳴られることもよくあった」と苦笑いしながら、制度の狙いをこう説明する。

「グリーン・ゾーン認証は、県が直接、事業者の感染症対策を現地で確認し、一緒になってそのお店に適した感染症対策を考え、アドバイスするものです。そのため、申請があった施設で認証しなかったことはありません。どうしたら適切な感染症対策ができるか、お店に寄り添って認証取得まで責任を持って進めます。認証店でクラスターを起こしてしまったら、認証制度が崩壊してしまう、その危機感をもって、1件1件丁寧に認証してきました」

大手チェーンに怒られたが…

「時間が経つにつれ、グリーン・ゾーンの認知が広がり、”申請するのが当たり前”という雰囲気を作ることができました」(小田切さん)

 グリーン・ゾーンの申請で手ごたえを感じた時期は、2020年9〜10月頃だという。イタリアンレストランを経営する冬頭さんが申請したころだ。また、同年10月12日、政府が「Go To Eat キャンペーン」を始め、県はキャンペーンの参加に認証取得を条件化したことも普及を後押しした。

グラフ中の「個別解除」はバー、スナックなどの遊興施設や遊技施設、劇場など(出典:山梨県グリーン・ゾーン推進課)

 こんな話がある。

 ある大手チェーンの飲食店が「Go To Eat キャンペーン」に合わせ、自社のホームページで大掛かりな「Go To Eatキャンペーン」の宣伝を始めた。しかし、そのホームページには「※山梨県内の店舗はご利用いただけません」と小さく書かれていた。小田切さんはこう振り返る。

「この大手チェーンの本社のかたから『山梨だけ、なぜこんなに厳しいんだ』と言われました。認証取得のネックになったのは席に設置するパーテーションで、『山梨県で設置すれば、全国の店舗でも設置しなければならない』という理由でした」

 しかし、その後も頻繁に感染症対策の必要性を伝え、認証取得を促したことで、今ではこの大手チェーンも山梨県の基準を受け入れ、グリーン・ゾーン認証を受けて営業している。

認証店でクラスターという苦い体験

山梨県グリーン・ゾーン推進課の鈴木孝二課長

 とはいえ、新型コロナウイルスはたびたび変異し、感染力の強弱や、重症化リスクの大小が異なる。そのため、認証基準も柔軟な対応が求められる。

 同課の鈴木孝二課長はこう振り返る。

「2021年春に起きた第4波を受けて、グリーン・ゾーンの基準を見直しました。認証店に利用者の名前と連絡先を控えてもらったり、パーティションの高さを明確にしたり、利用者の滞在時間を短くしたりするなど、厚生労働省や国立感染症研究所から出ている研究結果などを参考に、エビデンスに基づいた感染症対策を追加しました」

 実は、認証基準見直しの背景は、認証店からクラスターを出してしまったという苦い体験だった。

 県内の認証店で、2021年4月、利用客と従業員計8人が感染した。この認証店は、換気扇を2台導入し、体温測定や接触アプリ「COCOA(ココア)」の登録を入店の条件とするなど、グリーン・ゾーンの基準に沿って営業していたが、変異株の感染力が上回った。

「いま振り返ると、変異株に対応する基準づくりは検討から公表まで10日間。緊急対応でした。追加した基準のうち、利用者の名前と連絡先を把握する『入店管理簿』の導入や、パーティションの設置などに対して、事業者側からは多くの意見がありました。どんな根拠で必要なのか、どう言う目的で対策をするのか、実際に対策をしていただく店舗に納得いただけるよう説明しました」(鈴木さん)

感染症対策を持続させるために

 県内のほとんどの店舗がグリーン・ゾーン認証を取得しているが、同課は基準が遵守されているか、抜き打ちチェックを続けている。22年1月の緊急点検では、14日間で約1500件の事業者を訪問、8割が遵守していたという。

 鈴木課長は「事業者と利用者のご協力でグリーン・ゾーン認証は安心安全の代名詞となっています」と話したうえで、今後の意気込みを語った。

「これからも感染が拡大する時期があるかもしれません。その場合は、随時、基準の見直しをしていきます。逆に、感染が落ち着けば緩和することもありえます。経済の復興なしに、wtihコロナの社会はやってきません。これからも安心安全な環境整備に尽力し、より多くの人が自由に安心して施設を利用できるよう知恵を絞っていきたいと思っています。また、このやまなしグリーン・ゾーン認証制度を国際的に評価されるものとするため、さらに進化させていきたいと思います」

(肩書は記事公開時のものです)

文:板垣聡旨、写真:今村拓馬

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