富士山は必ず噴火する。でも怖がりすぎないで! 避難基本計画①
富士山。誰もが名前は知っているけれど、
どんな「火山」なのかはあまり知らない。
2023年4月、「富士山火山避難基本計画」が改定された。
富士山が噴火する?
富士山が噴火したらどうなるの?
避難計画改定に携わった人たちに疑問をぶつけた。
(上の写真は、左から、吉本充宏・山梨県富士山科学研究所研究部長、酒井俊治・県火山防災対策室室長補佐、渡辺一秀・県富士山火山防災監、古屋海砂・県火山防災対策室技師)
目次
次の噴火は数年後? 数十年後?
――富士山の観測データの分析・研究をしている吉本さんにうかがいます。富士山は噴火するんですか?
必ず噴火します。
――最後に噴火したのは江戸時代ですね。
1707年の宝永噴火です。それから300年以上が過ぎています。
※宝永噴火:平安時代の延暦噴火(800年 – 802年)と貞観噴火(864年 – 866年)と並ぶ富士山の三大噴火のひとつで、17億㎥の火山灰を降らせ、農業生産に大きな打撃を与えた。火山灰は東京でも大量に降った。
富士山は若くて元気な火山
――富士山は頻繁に噴火しない?
産業技術研究所地質調査総合センター(産総研)の調査で、直近5600年間で約180回噴火したことがわかりました。平均すると30年に1回です。その火山が300年以上も噴火していないのは異常です。だから、今後いつ噴火してもおかしくない。でも、次の噴火が数年以内のことなのか、数十年後のことなのか、数百年後のことなのかはわかりません。
――活動的な時期もあれば、休んでいる時期もあるということ?
数千年休んでいた火山が急に噴火するというパターンもあります。山からすれば300年は短い時間です。富士山が火山活動を始めてから10万年くらい経ちますが、その間ずっと同じ活動をしているとは限りません。人間と同じで、山も成長しています。成長するなかで、山の性格が変わることもあるんです。
――いまの富士山はどんな性格?
山の性格は長いスパンで見ないとわかりません。富士山は781年から1100年くらいまで頻繁に噴火しました。青木ヶ原の樹海は貞観噴火(864-866年)でできました。しかし1100年以降になると3回しか噴火の記録がありません。富士山はまだ若くて元気な火山なので、いまは成長過程の変換期にいるのかもしれません。
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1〜2週間前に予知できるかも
――「若い火山」と「成熟した火山」では、違いがあるんですか?
あります。例えば、2014年に噴火した御嶽山(長野と岐阜の県境)は成熟した火山です。成熟した火山は、周囲に温泉が沸いている場合が多くて、マグマ噴火だけではなく水蒸気噴火を起こすことがあるので、予知するのが難しいんです。
――では、若い富士山は?
富士山の噴火はマグマが地下20キロメートルから岩盤を割りながら上がってくるので、周囲に地震を発生させる。地震を観測していれば、「マグマが上がってきているから、そろそろ噴火が起きそうだぞ」となるわけです。
――え? では富士山の噴火は予知できる?
数日から数時間前くらいの予測はできると思います。例えば、ハワイのキラウエア火山が2018年に噴火したときは3日前、伊豆大島の1986年噴火で2時間前、三宅島の1983年噴火で1時間半前に地震の急増が見られました。
――もう少し早めに予知してほしい……
皆さんそう言うのですが、最も早くて1〜2週間前でしょうね。火山噴火の仕組みは複雑なので、現状では、年単位で「いつ、どのくらいの規模の噴火が起こるか」という長期予測はできません。
噴火しても命は守れます
――なぜ長期予測は難しい?
人間の体に例えると、噴火は風邪をひくことに似ています。私たちは一生のうちに絶対に風邪をひきますけど、 いつ風邪になるかを予知することはできませんよね。でも、菌が体に入ってきたときに「ちょっとおかしいな」と異常を察知して、早めに対処することはできます。
――寒気がするとか、体がだるいとか……
そう、それと同じような現象が富士山にもあって、地震が起きたり、山が膨張したりします。そうした噴火のシグナルを見逃さないために、気象庁が富士山を常時観測しているんです。
――富士山が噴火したら、私たちは逃げられますか?
はい、逃げられます。ただ、噴火時の避難方法について理解しておく必要があります。
マップ改定で避難対象者は10万人増
――2021年3月、富士山のハザードマップが17年ぶりに改定されました。
産総研の調査で直近5600年間の噴火史がわかり、新たな火口も見つかったことから、改定しました。
――噴火前の避難対象人口は旧ハザードマップで1万6274人だったのに、新マップでは11万6093人と10万人も増えていますね。
新たに見つかった火口が市街地に近くて、富士吉田市・富士宮市の市街地も避難対象にする必要があったので対象者が増えました。
――これだけ多くの避難対象者がいて、安全に避難できるのですか?
火山被害には大きな噴石・火砕流・溶岩流などさまざまなタイプがあり、それぞれの現象が起こるタイミングも被害が及ぶ範囲も違います。自分がどの位置にいて、どこに逃げたらいいのか、まずは情報を正確に把握することが大切です。
大きな噴石と火砕流は市街地には届かない
――自分がいる場所によって、災害の種類が違う?
はい。富士山の火口近くにいる場合は、最も危険なのは大きな噴石と火砕流です。火口から飛んでくる大きな噴石の飛距離は2㎞~4㎞です。火砕流は噴出した高温の火山ガスと火山灰が一気に流れ下る現象のことで、到達範囲は10㎞で、スピードも速いので注意が必要です。
――そう聞くと、逃げられなさそう……
ただ、大きな噴石と火砕流のどちらも火口から20km以上離れた市街地には届かないので、噴火のときに山中にいなければ被害が及ぶことはありません。市街地に被害を及ぼすのは、マグマが地上に流れ出る溶岩流です。ただ、溶岩流は流れる速度が遅いため、避難する時間に余裕があります。
溶岩流は人が歩くスピードと同じ
――溶岩流は危険ではない?
傾斜にもよりますが、溶岩流が流れるスピードは人が歩く速度とほぼ変わりません。徒歩でも十分逃げることができるので、溶岩流に飲み込まれて人が死ぬことはまずありません。
――だから、噴火のときに自分がどこにいるかが大事なんですね。
自分の住んでいるエリアはどの災害がどのくらいの時間で到達するのか、自分はどの災害に対処しなければいけないのかということをぜひ確認しておいてください。
まずは避難対象エリアマップをチェック!
――早速、確認しようと思います。県火山対策室で避難基本計画の作成に携わった酒井さんにうかがいます。まず、何を見たらいいですか?
まず、「避難対象エリアマップ」を見てください。第1次から第6次までの避難対象エリアが色分けされた地図です。自分の住んでいる場所や働いている場所は「第何次」か、または避難しなくてもいいエリアかを確認してください。
――次はどうしたらいいですか?
実際に火山活動が活発になると、気象庁は噴火警戒レベルを引き上げます。このレベルを注意して情報収集してください。
――警戒レベルに応じて避難する緊急性が変わるんですね。
はい、例えば火口ができる範囲の第1次避難対象エリアと第2次避難対象エリアにいる場合には、大きな噴石や火砕流の被害の可能性があるので、市町村の情報に従い即時退去する必要があります。
山中にいなければ落ち着いて!
――第1次、第2次避難対象エリアは、富士山山中ですね。
はい、火口近くにいる方は、市町村が発する情報により速やかに避難することが大切です。
――その他のエリアにいる場合は?
住民の多くは第3次〜第6次避難対象エリア、または避難する必要がないエリアで過ごされていると思います。すぐに危険があるわけではないので、慌てて避難する必要はありません。まずは落ち着いて、気象庁や県が発表する情報を聞くようにしてください。自分は避難する必要があるのか、どこに避難すればいいのか心の準備を始めてください。
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構成:北島あや 写真:小山幸佑