ゲノム医療を推進力に進化 山梨県内初の「がんゲノム医療拠点病院」が誕生

2023年4月、山梨県立中央病院が
「がんゲノム医療拠点病院」に指定された。
東京医科歯科大学病院、愛知県がんセンターなど、
全国32の病院ががんゲノム医療拠点病院の指定を受けている。
その中で、研究拠点でもある大学病院と肩を並べて公立病院が選ばれるのは異例だ。

◼️この記事でわかること
✔ がんゲノム医療が従来の治療法に比べて優れていることは何か。
✔ がんゲノム医療拠点病院の指定を受けてできるようになった2つのこと。
✔ 指定を受ける前後で大きく変化した山梨県立中央病院の症例数。

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生存率が死亡率を上回る

 がんゲノム医療とは、遺伝子情報に基づくがんの個別化医療による治療の一つ。この方法を山梨に根付かせ、県の支援のもと推進したのが山梨県立中央病院の小俣政男理事長だ。

「がんは、さまざまな原因で生じた遺伝子の『変異』によって起こる病気です。そして、その変異の内容は、十人十色です。仮に、肺がん患者さんが10人いたとしても、10人全員に同じ薬が効くとは限りません」

山梨県立中央病院の小俣政男理事長

 がんゲノム医療の大きな流れは、まず、がん遺伝子パネル検査でがん組織を検査し、どの遺伝子に変異があったのかを見つける。その後、エキスパートパネルと呼ばれる治療方針を決定する専門家会議を経て、治療薬が決まる。

 このとき、現時点で治癒につながる薬を見つけられなくても、製薬会社で開発中の薬に効果が見込める場合、患者は治験に参加することもできる。

「いますぐに病気を治せる薬がなかったとしても、仮にあと5年、なんとか生き続けることができれば、新薬が生まれる可能性もあります。それを知ることができれば、患者さんも少しは元気が出ると思うんです。私たちも、病気について説明する際『5年後の生存率は、5割です』で終わるのではなく『でも、現在はこんな薬の研究が進んでいます。この薬が発表されたら、もしかしたら助かるかもしれない』とお伝えしたい」

 個々人に合った薬で治療ができるがんゲノム医療は、治癒の可能性が高まるだけでなく、患者の体にかかる負担が軽減されることも大きな魅力の一つだ。

「これまでの薬は、がん細胞だけでなく正常な細胞も含めて、細胞を包括的に攻撃してしまうものでした。だから、人によっては髪の毛が抜けたり、貧血になったり、体重が落ちてしまったりと、いわゆる副作用がありました。けれども、がんゲノム医療では遺伝子の異常をピンポイントで見つけます。そして、そこだけに作用する薬を使うので、副作用が少なくなるんです」

 現在、がんゲノム医療の効果が著しいのは肺がん患者だという。

 肺がんは、ステージⅢの場合、5年後の生存率が3割程度だった。ところが、山梨県立中央病院でがんゲノム医療を受けた患者の生存率は、最大8割にのぼる。

 がんゲノム医療が進めば、診断と治療が非常に難しいと言われている、膵(すい)がん(=膵臓がん)患者も救える可能性が高まる。

「膵がんはステージⅣの場合、予後は残念ながら過去のデータでは短い。一方で、膵がんは“悪さ”をする遺伝子が何なのかはっきりわかっているんです。つまり、有効な新薬が開発されたら、5年後の生存率が大きく改善することも決して夢ではありません」

*がんは進行度に応じて、0期、Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期、Ⅳ期の5段階のステージに分けられる。最終段階のステージⅣは、がんが臓器の壁を越えて周りの血管や他の臓器にも転移している状態。

がんゲノム医療で希望を与えたい

 藁(わら)にもすがる思いの患者さんに、せめて1本の綱を差し出してあげられたら――。

 多くのがん患者と向き合ってきた小俣さんは、ゆっくりと、おだやかな口調で語る。

「がんは、進行具合によって、宣告された瞬間にその人の人生を変えてしまいます。病期によっては、もしかしたら、次のお正月を迎えられないかもしれません。世の中には、手術をするには手遅れだったり、薬物療法の結果が芳しくなかったりする患者さんがいます。『もう、治らない』と言われた患者さんに、“藁”よりももう少し頼りになるものを投げてあげられるのが『がんゲノム医療』の本質かもしれません」

県立中央病院に開設された通院加療がんセンター

治療方針の迅速な決定と治験への参加が可能に

 山梨県立中央病院は2006年に都道府県がん診療連携拠点病院の指定を受けており、今回、がんゲノム医療拠点病院の指定も受けた。これは市中病院では全国で初めてのことだ。

 がんゲノム医療拠点病院の指定を受けることは、医療機関にとっても、その地域に住む住民にとってもメリットが多い。大きなメリットは以下の2つだ。

 まず、がん遺伝子パネル検査後、治療方針を決定する専門家会議(エキスパートパネル)は、この指定を受けた病院でしか開催することができない。これまで他の病院で行っていたエキスパートパネルを、今後は山梨県立中央病院内で実施できるようになり、迅速に治療方針を決めることができる。

がん遺伝子パネル検査後、専門家会議で治療方針を決定する

 2つ目は、治験への参加だ。

 がんゲノム医療拠点病院の上には、がんゲノム医療を牽引し、臨床試験や治験を担う「がんゲノム医療中核拠点病院」というものがある。がんゲノム医療の「中核拠点病院」に指定されているのは、東京大学医学部附属病院、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院など、全国で13か所ある。

 がんゲノム医療拠点病院は、「中核拠点病院」で行われる治験にも参加が可能となる。これは、いままで以上に治験の情報を入手しやすくなり、患者の紹介にもつながることを意味する。

「公立の病院が、研究を主とする大学病院と肩を並べられたという意味では、インパクトが大きい」と話すのは、山梨県福祉保健部健康増進課の渡邊正則さんだ。

「がんゲノム医療拠点病院の指定の有効期限は4年間と決まっていて、全国でも28都道府県にしかありません。今回、県立中央病院ががんゲノム医療拠点病院に指定されたことは、山梨県のがん医療のレベルの高さが認められたということでもあると思っています。がん医療においてグローバルな視点で活躍する小俣理事長のもと、県立中央病院のみなさんが日々頑張ってくださっている結果です」(渡邊さん)

 山梨県は2012年から補助金を支出し、山梨県立中央病院の整備を後押ししている。

 同課課長の清水康邦さんもこう語る。

「山梨県立中央病院が指定を受けたことで、治療のためにわざわざ県外に赴く必要もなくなり、県民の方の負担も少なくなります。また、これまでの努力が認められたことで、県立中央病院で働いている医療従事者の方たちのモチベーションも、きっと上がるのではないかと思っています」

山梨のがん治療を後押しする山梨県福祉保健部健康増進課の渡邊正則さん(右)と同課の清水康邦さん

東京と医療レベルが異なっていたら、おかしい

 現在、山梨県立中央病院の最上階にあたる9階フロアには「通院加療がんセンター」が開設されている。

 窓を大きくし、見晴らしをよくしたのは「カーテンで仕切られて、点滴を受けて帰るだけの空間にしたくなかった」という小俣さんの想いからだった。晴れた日は、富士山を眺めることもできる。がん遺伝子パネル検査を行う機械なども、最新鋭のものが導入されている。

「私は、山梨県出身です。過去には米国で2つ(イェール大学、南カリフォルニア大学)、日本でも2つ(千葉大学、東京大学)の大学におりましたが、心は常に“山梨”にありました。」(小俣さん)

 小俣さんが理事長になった2010年当時、すでに山梨県立中央病院は都道府県がん診療連携拠点病院に指定(2006年)されていた。その機能を強化するために、同院内に通院加療がんセンター(ATCC-Ambulatory Therapeutic Cancer Center)を設け、同時にゲノム解析センター(GAC-Genome Analysis Center)を設置した。

 しかし、当初は「がんゲノム医療拠点病院の指定を目指すつもりはなかった」と小俣さんは語り、こう続けた。

「『自分が手術を担当した患者さんの遺伝子を調べてみたい』という、熱意のある先生がたくさんいたんです。それで、院内に通院加療がんセンターを設けるのと同時に、寺子屋という形で勉強会を始めました。新型コロナウイルスの影響で、勉強会がzoom開催に切り替わると、そこに東大の先生や、大阪国際がんセンターの先生が加わるようになり……全国規模になったんです」

見晴らしのいい病室

 現在、山梨県立中央病院では遺伝子に関わる研究も盛んで、毎年20件前後の英語の論文も発表しているという。

「環境を整えることで、意欲のある人が当院に勤めてくれるようになれば、と思っていました。だから、はじめは『がんゲノム医療拠点病院の指定を受けよう』とは、まったく考えていなかったんです。けれども、あるとき、指定病院の応募があったので『ここまで来たのだから、挑戦してみようか』と。その際は、少し頑張りまして、資料づくりを一生懸命やりました」(小俣さん)

院内で勉強会を開いて後進を育ててきた小俣さん

 そのようにして、結果的にがんゲノム医療拠点病院になった山梨県立中央病院。がんゲノム医療拠点病院の指定を受ける前は、月4件ほどの症例を診ていたが、現在は20件以上に増えた。

 さらに、国立がん研究センター東病院等との連携を強くし、県民が最先端の医療を受けられるよう、相互交流を始めている。小俣理事長によると、東病院との橋渡し役は長崎幸太郎知事が直接担ったという。

「もし、自分の母親が病気になったと考えたとき、東京の病院と山梨県の病院で受けられる医療が違ったとしたら、それはおかしいと思うんです。がんゲノム医療は、患者さんにとっては、命を長らえる希望になる。そんな希望の一助に、私たちがなれたら」(小俣さん)

 がん遺伝子パネル検査の検査費用は56万円。その他、受診などには別途費用がかかるが、保険が適用されるため、自己負担は1~3割。また、高額医療費制度を利用でき、多くの場合実質負担は薬代も含め7万円程度になることが多い。

 山梨県立中央病院ががんゲノム医療拠点病院の指定を受けたのをきっかけに、より多くのがん患者が救われることを、願ってやまない。

文・土橋水菜子、写真・今村拓馬

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