我らやまなしブランドのガーディアン 悪質ふるさと納税返礼品を追放!

「届いたブドウやモモに悪質なものがある」
山梨県内の自治体から発送されたふるさと納税返礼品に対する批判がネット上に出回り、
14人の農政部職員たちが立ち上がった。
やまなしブランドは自分たちが守る……。
思いを一つにして、返礼品のガイドラインづくりが始まった。
しかし、待ち受けていたのは想像を絶するハードな作業だった。

◼️この記事でわかること
✔ 山梨県の自治体が「ふるさと納税返礼品」として発送した果実に多くのクレームが寄せられていたこと
✔ 山梨県農政部は2年間で計2万件にも及ぶレビューを手作業で分析し、対策を練った
✔ やまなしブランドの品質確保のため、返礼品のガイドライン制定に動いた
✔ 他に例を見ないガイドラインは来年度から実際に運用される

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見過ごされていたクレーム

「山梨県のふるさと納税返礼品に低品質のブドウやモモが混ざっているとクレームがきている」

 2023年9月下旬ごろ、長崎幸太郎知事が「これは山梨のブランドに関わる」と問題視していることが担当課の職員らに伝えられた。

 職員たちも知事に指摘される前から、サイトのレビューに悪い意見が書き込まれていることには気づいていた。しかし、「インターネットの世界では大げさに書く人もいるから」という程度に考え、実態を把握していなかった。

山梨県が公表した悪質な返礼品の例(画像は県提供)

「早急に調査して、数字として押さえるように」という知事の指示を受け、農政部販売・輸出支援課による2022年度と2023度分の書き込みチェックが始まった。しかし、書き込みは複数のふるさと納税サイトにまたがるうえ、数も膨大だった。

 同課の千野正章・課長補佐(ブランド化推進担当)が頼ったのは、ふるさと納税サイトの運営会社だった。東京まで足を運んで山梨県のデータだけ抽出することを依頼したが、「契約上の問題」などを理由に断られた。切羽詰まった状況に、もう手作業でやるしかないと、14人の課員は腹をくくった。

「私自身も果樹を生産しているので、悪質返礼品は悔しかった」と語る課長補佐(ブランド化推進担当)の千野正章さん

 10月下旬から11月にかけ、14人は総出で連日夜中まで、土日も返上してふるさと納税サイトに書き込まれた返礼品に関するコメントを読んだ。そして内容別に分類し、Excelに張りつけていく地道な作業の繰り返し……。チェックした書き込み数は2万件を超えた。

 当時の作業について、課長補佐の佐野研一さんは「とにかく必死でした。ひとつずつコメントの中身を読まないと、低い評価を受けているのかどうか判断がつきません。人海戦術で対応するしかないので、皆夜中まで各自のパソコンの前で作業に取り組みました。課長が焼き鳥や餃子を差し入れてくれたときは、疲れた心に沁みました」と苦笑しながら振り返った。

「必死でコメントのチェックをしました」と話す課長補佐の佐野研一さん

悪質返礼品、衝撃の実態

 調査した結果、対象とした山梨県と県内果樹主要産地の7自治体で、2022年は20.7% 、2023年は14.2%の返礼品が低評価を受けていることがわかった。

山梨県が公表した低評価だった返礼品の比率(表は県提供)

 ひどいケースでは、房からほとんど実が落ちているものや、腐りかけているものまであった。多くの農家は高品質の果実を提供している。ところが、自治体から承認され寄附者に返礼品を送る事業者の中に、返礼品に値しない果実を送付していた事業者がいたのだ。一部の悪意ある事業者によって、山梨の県産ブランドがおとしめられていた。

「大半の農家は、許せない気持ちでいっぱいだと思います。丹精込めて育てた果実が、こんな形で届けられたなんて」(千野さん)

 同課でブランド化推進担当を務める主任の塩野正和さんは予想よりひどい返礼品があることに驚き、県産果実のブランド価値が毀損されることを危惧したという。

「市町村にヒアリングをする中で、返礼品の基準となるガイドラインをつくらなくてはいけないと実感しました」

返礼品のガイドラインづくりにかかわった主任の塩野正和さん

「品質確保」のガイドラインをつくれ!

 書き込み内容の調査が終わった2023年12月、山梨県ふるさと納税返礼品(県産果実)品質確保協議会」が設立された。メンバーは23市町村のふるさと納税担当課長、ふるさと納税サイト運営会社4社、運送会社3社、全農やまなし、県の事務局だ。

 高品質な果実を届ける仕組みを構築するためには、市町村だけでなく、サイト運営会社や運送会社なども巻き込んで、ガイドラインの制定と具体的な運用方法を固める必要がある。

 12月25日に開催された第1回協議会では、事前に実施した各市町村を訪問してのヒアリングとアンケートから見えてきた課題を共有して、話し合った。

 大きな問題は、品質の管理方法だった。各自治体に聞き取りを進めてみると、「品質の基準がない」「事業者に任せている」などの回答が多かった。

「事業者が品質のよい果実を確保できないまま、大量に受注してしまったケースがありました。結果的に品質の良い果実を受注分確保することができず、どこかから出来の悪いものも買い集めて送ってしまったようです」(千野さん)

 他に、梱包の仕方にも問題が見つかった。農家であれば果実の取り扱い方を熟知しているが、不慣れな事業者が箱詰めを行ったため、配送途中に果実が傷ついてしまった事例もあった。

 県は自治体のヒアリングを積み重ね、2024年1月上旬にはガイドラインのたたき台が完成した。

“訳あり品”はぜったいダメ?

 県は1月30日に開催した第2回協議会で最初のガイドライン案を示した。参加者は内容に概ね合意したものの、各市町村で微妙な温度差があった。

 多かったのは、「訳あり品も取り扱いたい」という意見だ。

 味や品質に問題はないが、少し傷がついていたり、規格より小さいものなどを“訳あり品”と明記したりしたうえで出荷してもいいのではないか?

 近年では訳あり品の方がお得感もあって売れ行きが好調なケースもある。すべての果実を出荷することができれば、農家の収入増にもつながる。

 自身もブドウやモモを生産する千野さんは「生産者の気持ちはよくわかるんです。『訳あり品』とはいえ実際はとても高品質ですから」としながらも、ガイドライン案では「「優」以上」と記した。その理由を千野さんはこう話す。

「目先の利益にとらわれていては、やまなしブランドの信頼を回復することはできませんから」

 協議会の議論では、「梱包や配送のルールが厳しすぎる」「クール便の利用は果実によくない」などとガイドライン案に反発する意見は尽きない。

 佐野さんは「農政部が指導役を担っていますが、ガイドラインを守らせるための強制権はありません」と難しい立場を語る。市町村との摩擦が大きくなれば、協議会そのものが空中分解し、ガイドラインを決めることすら難しくなるおそれもある。

 すべての当事者が納得できる合意点を見出そうと、農政部職員たちの模索を続けた結果、ガイドラインが固まっていった。

  • 品質基準として、等級は標準出荷規格の「優」以上のものにする
  • 各事業者に検品者を配置し、品質チェックをおこなう
  • 適切な梱包方法を定め、クール便を利用する
  • クレーム情報を共有する仕組みづくり

などが主な項目だ。

ガイドライン案では、シャインマスカットの色合いを左のカラーチャートの「3」と定める。右は望ましい梱包の例(画像はいずれも県提供)

全国初のガイドライン?

 返礼品のガイドラインについて、塩野さんは「まずは他県を参考にしようと探しましたが、見つかりませんでした。都道府県レベルでは山梨県が初めてのガイドライン制定になるのではないか」と話す。

「全国初」となりそうなガイドラインは、3月末までには制定される見通しだ。ここまでの長い道のりを課員14人全員で乗り切った。だが、そもそも一般的にふるさと納税に関する事務は各市町村が個別に行っていて、農政部が関わることはなかった。農政部は品質の良い果樹を生産する技術指導には長けているが、実はふるさと納税の制度についてはイチから学んだ。

 千野さんは「初めてふるさと納税サイトを利用して、仕組みを理解するところからはじめました」と振り返る。

「普段は果樹栽培について指導しているので、データ収集やシステム構築などは慣れなくて大変です。でも山梨の果樹を守るのが農政部の役目ですから、みんなで一致団結して頑張ります」(千野さん)

「やまなしブランド」を守り抜く農政部販売・輸出支援課のみなさん。前列右から2番目が「差し入れ」で士気を鼓舞した成島仁課長

 2024年度のふるさと納税返礼品の質がどう改善されていくのか。ガイドラインの実際の運用にも注目が集まる。

文・北島あや、写真・今村拓馬

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