無謀な賭けをせず、暮らしを変えた人たち知ってる? 甲州財閥―その才覚を今に生かす #2

住宅ローンも、少額から預けられる銀行も。
もとをたどれば甲州財閥。
業績は多いのに、
現在、その存在感はぼやけている。
それが甲州財閥。

連載「知ってる? 甲州財閥」の2回目は、1回目に続き、長崎幸太郎知事と、2025年秋に甲州財閥展を開いた山梨県立博物館・小畑茂雄さんの対談です。

■この記事でわかること
✔ 甲州財閥のメンバーは常に「問題意識」と「気づく力」を併せ持っていた
✔ 山梨の銀行から始まった小口取引は、金融ビッグバンを超える大革命だった
✔ 江戸時代中期以降、大名がいなかった山梨では、「民」が主人公だった

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塵も積もれば山となる。小口が動かした巨大企業

――連載1回目では、甲州財閥が都市の「当たり前」をつくったこと、そして彼らを生んだ山梨県の風土について、お話をうかがいました。2回目は、その精神の中身に踏み込んでいきます。

小畑:甲州財閥を貫くのは、「確かな問題意識」と「気づく力」だと思います。海外で見たものを日本で事業にできたのも、目の前のチャンスを最適化できたのも、気づく力があったから。そしてその気づきは、海外体験を通じた刺激だけでなく、足元からも働きました。

長崎幸太郎・山梨県知事

長崎:確かに、内発的なものもあります。典型が金融です。

 当時は、大金持ちから大金を預かって投資し、利息を返すのが銀行でした。ところが山梨中央銀行の前身・興益社は、小口のお金を広く集めて投資し、その利息を分配した。大金持ちでない人にも金融の恩恵が届く仕組みで、国立銀行の中でもいち早いリテール取引でした。この発想も「みんなで豊かになろう」という文脈で解釈できます。

小畑:リテールはその後、他の銀行に広がります。興益社とは別ですが、明治26(1893)年に甲州財閥の起点である若尾逸平が開業した若尾銀行(山梨中央銀行のルーツ企業の一つ)の通帳の欄外には「塵も積もれば山となる」などの標語が書き込まれていました。

長崎:大蔵省に勤務していた頃、「金融ビッグバン」が起きました。でも、ホールセール(大口・法人向けの取引)からリテールへの変化は、金融ビッグバンどころの話じゃない。大革命です。

金融ビッグバンってなに?

1990年代後半に行われた大規模な金融制度の改革のことで、ルールを緩めて銀行・証券・保険の垣根がなくなって、各金融機関が競争するようになったんだ。

それで私たちは、便利で安いサービスを選べるようになったんだね。

その影響で、13あった都市銀行は次々と合併し、現在の3大メガバンク体制になったんだよ。

なぜ、甲州財閥の名は消えたのか

――これほどの仕事をしてきたのに、甲州財閥は現在、認知度があまり高くありません。なぜでしょうか。

小畑:一人ひとりの資金を結集し、東京電燈のような日本最大級の会社を手に入れる。それが甲州財閥のスタイルでした。その発想は画期的でした。ただ、この強みは、裏を返せば弱さでもありました。

 彼らは「ファミリー」ではなく、ゆるやかな結びつきだからこそ身軽に動けた。その一方で、三菱や三井のような基幹銀行を持たなかった。だから昭和恐慌などの荒波にもまれ、甲州財閥の名は消えていったのではないかと思います。

山梨県立博物館の小畑茂雄さん

<主な甲州財閥のメンバー>

 生没年出身主な実績(一部)
若尾 逸平1820-1913在家塚村(南アルプス市)東京馬車鉄道、東京電燈
雨宮 敬次郎1846-1911牛奥村(甲州市)甲武鉄道、日本製粉
根津 嘉一郎1860-1940正徳寺村(山梨市)東武鉄道、根津美術館
小林 一三1873-1957河原部村(韮崎市)阪急電鉄、宝塚歌劇、東宝
早川 徳次1881-1942御代咲村(笛吹市)東京地下鉄道

今も生きる甲州財閥

――知事が打ち出している山梨県の施策は、甲州財閥の精神と重なるものが多い気がします。

長崎:ほんとに(笑)。これまでまったく意識していませんでした。昨年の甲州財閥展を見るまで、甲州財閥のことをあまり深く知らなかったわけですから。でも、こうして掘り下げてみると、現在進めている県の政策と甲州財閥の精神が重なるものは、ほかにもいろいろあると気づかされます。

 豊かさ共創スリーアップは典型です。この政策は、働く人がスキルアップし、企業の収益をアップさせ、働く人の賃金アップにつなげるという好循環で、会社も働く人も共に豊かになっていくというものです。賃上げは、恩恵でも勝ち取るものでもなく、共に生み出していくもの。このスタイルは甲州財閥の精神です。だから、山梨的だと思うんです。

 もう一つ挙げるなら、グリーン水素です。化石燃料を使わないグリーン水素は、脱炭素社会に大きく貢献する。それが理解されて、最近は「グリーン水素は県民の誇りです」と言ってもらえるようになったんです。社会に役立つと分かれば、山梨の人たちは必ず結集する。これも、甲州財閥から地続きの気風だと思います。

小畑:甲州商人と甲州財閥はこれまで、まとめて「目先の利益を追った」と言われがちでした。でも、甲州財閥の人たちは、今では「当たり前」となった都市のインフラをたくさんつくりました。小林一三が沿線の家を売るために始めた「住宅ローン」もそうです。彼らの仕事はレガシーにとどまることなく、今に生きています。

長崎:甲州財閥展を常設展にしたらどうか、と言ったんですが、展示スペースがないと言われてしまいまして。でも、山梨の子どもたちに見てもらえる場所はつくりたい。まずは教材をつくってほしいと思っています。

2025年10月から開催された甲州財閥展でつくられた各種グッズ

士族も、県庁も、偉くない

――小畑さんは展示を考えていく中で、新たに気づいたことはありましたか。

小畑:現在の山梨県は、江戸時代中期に甲府藩がなくなり、江戸幕府が直接統治するようになりました。つまり、長い間、大名がいなかったんです。この影響は大きいと感じました。

 慶應義塾で学んだ小林一三(現・韮崎市出身)は、福沢諭吉の「独立自尊」の思想に影響を受けたと、一般的には言われます。調べてみると、小林の随筆集に「僕たちは士族などちっとも偉いとは思はなかったよ」という一文がありました。そういう土壌が甲州にあったから、自分たちで解決していくようになるのでしょう。主人公は「民」、人という考えが根づいているんだと思います。

長崎:2022年度から「山梨ふるさと記憶遺産プロジェクト」を始めて、各地域固有の歴史や文化を一冊にまとめています。本に登場するのは、有名人ではなくて隣のおじいちゃんやおばあちゃんです。民の記憶を後世に語り継いで、地域の暮らしに活用していくのが目的です。やっぱり、主人公は「民」なんです。これも結果的に、甲州財閥的ですね。

――「士族などちっとも偉いとは思はなかったよ」は、「県庁などちっとも偉いとは思はなかったよ」に通じるんじゃありませんか。

長崎:山梨では、「県の言うことだから簡単に耳を貸してくれる」なんてことはありません。もともと大名だった一家の子孫が知事を務めた県もありましたが、そういう場所とは違う雰囲気がありますね。

狙いを定めて、挑戦する

長崎:私は、施策を打ち出すときに、「その先にある豊かさを示す」ことが必要だと思っています。補助金を出すことが豊かさへのきっかけになることもありますが、私は絶対にバラマキはしません。それは、甲州財閥を生んだ「甲州の流儀」に反しますから。

 コロナの時がそうでした。私たちは飲食店に対し、アクリル板や換気設備の設置など、営業を続けるための補助金を出しました。休業補償ではないんです。このスタイルは「山梨モデル」と言われ、県民のコンセンサスを一気に得て、全国に広がりました。狙いは、営業をしながらも困難を乗り越え、豊かさにつなげることにありました。

小畑:甲州財閥の成功は、挑戦があってこそです。失敗もたくさんしています。でも、やみ雲に進むのでなく、狙いを定めて挑戦している。だから、失敗を糧に次につながる。甲州財閥が教えてくれることです。

長崎:挑戦という言葉は、山梨県で広がっていると感じます。最近、いろいろなところでよく耳にします。風土に合っているんですよ。

小畑:山梨出身の社長も多いと聞きます※。やり遂げるという思いが非常に強い人が育つ風土なのだと思います。

※帝国データバンクが2011年に発表した社長輩出率(出身都道府県別の社長数÷人口)で、トップは福井県、山梨県は2位

長崎:野心を持って東京に行って、成功している方、多いです。

小畑:甲州財閥からつながっているのかもしれませんね。

100年後への投資は「人づくり」

――甲州財閥の人は海外で見聞きしたものをビジネスの糧にしています。

長崎:今、子どもたちを外国に連れていく機会を増やしたいと思っています。8月にインドを訪問しましたが、その際に青少年枠8人を募集したら、応募が60人も来ました。こうした機会に、海外に触れる体験を提供したいと思っています。

小畑:子どもたちに甲州財閥を知ってもらうための冊子も、豊かさの実感や夢への入り口にしたいと考えています。

――甲州財閥は100年後にも通用する都市のインフラを築き上げました。知事は、100年後に向けて、今、どんなことに投資をしますか。

長崎:それは、「人づくり」です。これしかありません。問題はどういう人をつくるのかですが、「俺に全部よこせ」でない、甲州財閥的な気風を持った人たちを育て上げていく仕組みに投資をしていきたい。そうして育った彼ら彼女らが世界に出て、がんばってくれる。それこそ、100年後の成果だと思います。

聞き手・矢部万紀子、写真・小山幸佑

シリーズ「知ってる? 甲州財閥―その才覚を今に生かす」全6回

  1. 東京の『当たり前』をつくった、独り勝ちしない人たち
  2. 無謀な賭けをせず、暮らしを変えた人たち
  3. 早川徳次の言葉は地下水のように(近日公開)
  4. 焼け跡を一人で歩いた小林一三(近日公開)
  5. 「雨敬」の豪快さは綿密さでできている(近日公開)
  6. 根津が遺した「自分で考える力」(近日公開)

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