山梨県をアウトドアサウナの聖地へ。熱気はすでに100度超え!

「聖地」という言葉を辞書で引いてみる。
「神・仏・聖人や宗教の発祥などに関係が深く、神聖視されている土地」。
「特定の分野において重要な場所。あこがれの場所」。
いま、豊かな水と自然を誇る山梨県が「アウトドアサウナの聖地」をめざして沸騰している。

全身で山梨県を体感する

 とある休日。遠くから、鳥の声が聞こえる。

 山梨県観光振興課の斉藤隆太さん(冒頭の写真、同課職員4人の一番右)は、アウトドアチェアに深く腰掛けていた。場所は、山梨県笛吹市芦川地区の山中。

 そばには清流芦川(あしがわ)が、時折水しぶきを立てながら流れている。火照った体に吹く風は、どこかやわらかく感じられる。

「はぁー、これこそ、やまなし自然サウナだなー」

 斉藤さんは立ち上がり、再び「テントサウナ」に入る。

 テントサウナとは、テント内で薪ストーブを焚き、室内の温度を上昇させたサウナ室だ。ストーブ上で熱した「サウナストーン」に水をかければ、ジュワッという音とともに、熱い蒸気が室内に一気に行き渡る。

 テントサウナの室内は、高いものだと100度を超える。

 天然水のクールダウンと、外気浴で下がったはずの体温が、再び上昇しはじめる。

 体は、10分もしないうちにあちらこちらから大粒の汗を吹き出す。暑い。けれど、もう少し、あと少しの辛抱だ。そう思った矢先。

――もうだめだ……!

 テントサウナを飛び出し、芦川へ歩み寄る。飛び込みたい気持ちを抑え、足元からそっと入る。

 10月。芦川の水は十分すぎるほど冷たいが、体感50度くらいありそうな体には、むしろ心地よく感じられる。体中の細胞が次第に引き締まっていく。

 こうして“粗熱”をとったら、再びチェアに体を預ける。

 目の前に広がるのは、深い緑。耳に入るのは、小鳥のさえずりと、風の音だけ。他には何もないし、これ以上、何もいらない。

――(最高だな……)言葉にならない。

熱気はどんどん上昇中

 近年、サウナはマンガ家タナカカツキさんによる『サ道 マンガ』のドラマ化をきっかけに、再びブームに火がついた。テレビや雑誌でも多くの特集が組まれ、「サウナ好き」を公言している著名人も多い。

 一般的な屋内のサウナは「ドライサウナ」と呼ばれ、サウナ室でしっかり汗をかいたら、水風呂でクールダウンし、そのまま室内のベンチやチェアで体を落ち着かせる。

 一方で、山梨県が推し進めているのは「自然サウナ(アウトドアサウナ)」の魅力をアピールすることだ。湖や渓流のほとりなどにテントサウナを設置し、せせらぎの音や豊かな緑といったやまなしならではの自然を五感で味わいつつ、アウトドアサウナで体を「ととのう」ようにする。「やまなし自然サウナ」と名付けて認知度もアップしつつある。

自然の中に立てたテントでサウナを楽しむ(斉藤さん提供)

「施設のサウナも良いけれど、やはり自然サウナが好きだ」と言う斉藤さんは、やまなし自然サウナの魅力について熱く語る。

「芦川もよいですし、四尾連湖エリアも好きですね。初めて外でサウナを体験したのは清里。サウナ内が100度を超えているのに、外気温はマイナスで、とても心地よかったです」

 前職は菓子メーカーで商品開発を担っていた斉藤さんが、山梨県庁に入ったのは2015年。「山梨の『水』をPRしたい」と思ったのがきっかけだった。

「メーカー在職中は山梨県外に住んでいました。久しぶりに県内の実家に帰省した際、何気なく水道水を飲んだ時に、美味しさにびっくりしたんです。『こんなにうまかったっけ?』って」

 山梨県は富士山をはじめ、八ヶ岳や南アルプス、奥秩父などの山々に囲まれ、「天然の水がめ」と呼ばれるほど豊富な水資源がある。環境省の「名水百選」「平成の名水百選」に県内7か所が選出され、美味しい水の産地としても知られている。

 入庁当初、水を中心に据えて郡内の織物や果物、ワイン日本酒、温泉などの底上げを図る、そんなアイデアを思い描いていた。なかなか具体化しないまま4年以上の月日が経った。「やまなし観光推進機構」に在職中だったとき、県庁内でサウナを愛するある職員から声をかけられた。「清里でアウトドアサウナをやるんだけど観光の記事で書いてみないか?」。それが人生で初めて経験するアウトドアサウナだった。

「前職でも、先輩に連れられてスーパー銭湯のドライサウナに通っていました。サウナ後の水風呂の気持ちよさも知っていましたが、当時は外気浴やととのうなんて言葉はありませんでした。でも、清里で体験した自然サウナは心地よさが格段に違いました。真冬の凍てつく空気は扇風機のような機械的なものではない。火照った体を痛いくらいにクールダウンしてくれる、そして水着以外何もまとっていない無防備な解放感・・・。アウトドアサウナって気持ち良いと感じました」

山梨県を自然サウナの聖地に

 2021年、山梨県は自然サウナの聖地化をめざし、県庁の若手職員や、県内で自然サウナ関連事業を展開している事業者とで「やまなし自然サウナととのいプロジェクト」発足させた。

「聖地化に向けて課題はたくさんあります。まず、発足当初はアウトドアサウナの認知度がそれほど高くなかった。そして、屋外のサウナや川へ入ることを推奨していいのか、危険性はないのか、周りの人に迷惑はかからないのか……。河川法や公衆浴場法の確認、各所の調整は大変でした」(斉藤さん)

 2021年7月にはアウトドアサウナの認知度を高めるため、メディアを招いて「やまなし自然サウナととのいプロジェクト」と銘打ったキックオフイベントを開催した。イベント時には、長崎幸太郎知事にサウナポンチョをまとってもらうなど、話題性も意識した。知事もサウナ愛好家の一人だ。

 ととのいプロジェクトで、まず着手したのはアウトドアサウナのマナーや、けが・事故を起こさないための安全な入り方をパートナー事業者とともに作り上げることだった。それは、持続的にアウトドアサウナを楽しんでもらうために必須だった。「やまなし自然サウナ」をブランディングするためにロゴマークを作成したり、山梨県内の自然サウナを検索できる特設サイト「やまなし自然サウナ」も作ったりした。こうしたことをパートナー事業者と綿密に話し合いながら進めていった。

 山梨県の観光をPRする若手職員のYouTuber「ワケーシガ トビアイク」は、自然サウナ特集を積極的に組んでいる。「# 02 ととのい中の知事に凸撃してみた」では、メンバーが自然サウナを体験する様子を斉藤さんがカメラで追いかけた。

キックオフイベントには長崎知事(左)も参加した

 河川法や公衆浴場法の確認などの法的な部分は、県庁内で「サウナ会議」を開催し、課題を共有することで関係部署に意見を聞いた。斉藤さんが所属する観光振興課のメンバー(冒頭の写真)も協力的で、応援してくれた。キックオフイベント時には、過去に自然サウナで出会ったメンバーや事業者が集結した。

「いろんな人たちの協力で、このプロジェクトは成り立っています。おかげさまで、ある程度『自然サウナ=山梨』のイメージはつくることができたと思っています」

 プロジェクト発足後は、世間でのアウトドアサウナの認知度が上がってきたこともあり、テレビ、新聞などメディアからの取材が相次いだという。

 他府県からの先進地視察のほか、県外の大学生から「『アウトドアサウナと地域観光政策』をテーマに論文を書きたい」という、うれしい協力依頼もあった。

 山梨県の自然サウナ施設数にも変化があった。日本最大級のサウナ検索サイト「サウナイキタイ」に掲載されている施設をみると、当初は20未満だった施設数が、2023年3月現在では40施設と倍になった。

「山梨県は、冬の観光が弱い側面があります。集客数も夏の半分くらいになってしまうんです。でも、サウナは外気温との差があればあるほど、心地よくなります。やまなし自然サウナが冬観光の名物コンテンツになれば、山梨県の冬観光が盛り上がるのではないかと思います。」

 今後は、やまなし自然サウナとウェルネスツーリズム(健康や安らぎを目的とした旅行)を結びつけた企画を考えていきたいと斉藤さん。

「山梨の水と、自然をぜひ全身で体感しに来てください!」

自然を体感できるやまなし自然サウナ

タナカカツキさん「山梨サウナはこうすれば面白くなる」

『サ道 マンガ』でサウナカルチャーを広く知らしめたタナカカツキさんに、山梨県の自然サウナの取り組みについて話を聞いた。

タナカカツキ 大阪生まれ。日本サウナ・スパ協会のサウナ大使で、サウナ先進国を訪問している。サウナーの草分け的存在で、いま現在も多くのサウナーに強い影響力を与え続けている

 山梨は川や湖があって東京からも行きやすい。テントサウナとして地の利はあります。でも、各地で「自然派サウナ」は盛んになってきておりますので、山梨ならではの独自性を出すと、サウナーに響くと思います。

 私が「山梨県がこんなことをしてみたら面白いかも」というのを思いつくままに話しちゃいます。

 テントサウナはテント内で火を使いますので、正しい知識がないと事故につながりかねません。そこで、いろいろな専門家を集めてアウトドアサウナ会議を山梨で開き、安全に楽しめるための基準を山梨から発信していくのがいいかもしれません。

 あとは、そうですね……。一口にテントサウナと言っても、テント内のサウナ環境は、火や通気性、テントの材質、技術の違いでサウナ環境の仕上がり方は異なるんです。だから、いろいろなアイデアを持つ人たちがスキルを競い合うコンテストを開くのも面白いと思います。様々な人がつくりあげる多様なテントサウナを楽しめるとなったら、全国から人が集まるでしょう。

 それと、今後注目すべきトレンドは、植物など天然由来の成分で心身をととのえる「ウィスキング」(編集部注:束ねた植物の枝で体を叩く入浴法)です。森の中にいるような自然体験ができるもので、私も最初はびっくりしました。何度も体験するうちに、私自身の「香りの解像度」が高くなるのが実感できます。現在、ウィスキングはバルト三国で盛んですが、日本はバルト三国より植物の種類が多いので、多彩な“森林体験”ができると思います。地形が多様な山梨にも数え切れない植物が自生しています。山梨でしか体験できないウィスキングは、独自性を発揮できるでしょう。

 普段too muchな情報社会を生きている都市生活者がテントサウナに行くと、まず情報から断絶されます。全裸に近い姿で、熱い冷たいというプリミティブな感覚を満たしていくと、いつもは眠っている五感が覚醒して人間が本来持っている機能に気づく。私の場合は「自然が見えてくる」という感じ。自然をまるごと楽しめるんです。この自然体験を若者たちが知って、はまってしまった、というのが、いまのテントサウナブームだと思います。

 山梨県は、「正しく楽しめる独創的な自然派サウナ」をめざして、今後向かうべき方向性のヒントや、テントサウナの理想のカタチを発信していってほしいなと思います。

【関連記事】

文:土橋水菜子、写真:今村拓馬

関連記事一覧