子猫の成長 見守りたい「ミルクボランティア」が救う小さな命

衝撃的な数字がある。
致死処分された猫のうちの92.9%は子猫だった。
これは2019年度の山梨県内でのデータだ。
子猫の命をつなぐため、県は2020年度から「飼い主のいない猫不妊・去勢手術費の補助」と「ミルクボランティア事業」を始めた。
以後、子猫の致死処分は激減している。

人と動物が調和し共生する社会の実現

 可愛い子猫たちを連れた一人の女性が泣いている。

 文香さんは、山梨県のミルクボランティアの一人だ。新たな飼い主が見つかることを祈りつつ、数カ月間お世話した子猫たちを連れて山梨県動物愛護指導センター(以下、センター)を訪れていた。

「毎回、センターへ子猫たちを戻しに来る度に、涙が止まらなくなってしまいます」と文香さんは照れ隠しするように笑った。

 山梨県は、人と動物が調和し共生する社会を実現するため、致死処分の多くを占める飼い主のいない猫対策に取り組んでいる。

 施策を所管する衛生薬務課によると、2019年度の犬猫の致死処分数は224匹で、うち208匹が飼い主のいない猫から生まれた子猫だった。

 子猫の致死処分を減らすには、飼い主のいない猫の無秩序な繁殖を抑え、収容した子猫に新たな飼い主を見つけることが効果的だ。2020年度に始めた事業は、それを実現するためのものだ。

 猫の不妊・去勢手術費補助金は、手術費用を助成する市町村への補助制度で、当初は対象を飼い主のいない猫に限定し、補助額の上限も1匹あたり5,000円としていた。だが、2022年度は、飼い主の有無を問わず、補助額の上限を不妊15,000円・去勢10,000円に拡充し、全ての市町村と連携して致死処分の劇的な減少を目指している。

 また、ミルクボランティア事業は、収容した離乳前の子猫を数ヶ月間育てるボランティアを募集し、譲渡に繋げる事業であり、飼育に必要なミルクやペットシーツ等の物品は県が支給する。

 離乳前の子猫は、数時間おきに授乳したり、排便や排尿を促したりしなければ生きられず、センターの職員による対応にも限界があるため、ミルクボランティアの協力が必要不可欠だ。

人と動物の共生社会実現に取り組む県衛生薬務課の皆さん

 センターでミルクボランティア事業の創設からかかわっているリーダーの池永由梨子さんは、ミルクボランティア事業の開始当初を「何しろ初めての試みで軌道に乗るまでが大変でした」と振り返る。

「センターでは、子猫を預けられるかの預託診断やミルクボランティアさんとの調整、必要な物品の支給、預託中の健康相談などをしています。一番大変だったのが、ミルクボランティア事業を知ってもらうための周知活動です。市町村の広報誌やセンターのホームページ、県のフェイスブック、ツイッターなども活用しました」

 SNSなどで事業の認知拡大を図ることで共感は広がった。ミルクボランティア事業を創設した2020年度にセンターに収容された子猫のうち、93匹をボランティアに預託し、途中で死んでしまった子猫を除いた87匹が新しい飼い主に渡った。

動物愛護指導センターのみなさん。中央が浅山光一所長、その右が池永由梨子リーダー

 なぜ、「ミルクボランティア」の呼びかけをしたのか。動物愛護指導センター所長の浅山光一さんは、こう語る。

「2001年に設立された動物愛護指導センターは当初、主に犬や猫の致死処分を行う施設でした。以後、犬の致死処分数は激減し、譲渡する割合も増えましたが、子猫の致死処分がなかなか減らなかったんです。当時はまだ地域猫活動や飼い主のいない猫の不妊・去勢手術への理解も今ほど進んでいませんでしたから。この子猫たちをどうにかしないと、と始まったのがミルクボランティア事業です」

致死処分を少しでも減らしたいから

 冒頭の文香さんが2022年1月にミルクボランティアへ応募したきっかけは、動物愛護指導センターのホームページからだった。

 文香さんはもともと動物好きで、自宅でも犬と猫、さらにミルクボランティアで育てた1匹の子猫を迎えて飼っている。保護犬や保護猫の致死処分の問題に何年も心を痛めていたという。

「いつかボランティア活動に携わりたい、助けたい」と思いながら、一方で現実を知るのが怖くて、もんもんと過ごしていた。テレビでペットの致死処分のドキュメンタリーを見ることも辛くてできなかった。しかし、2021年末に一念発起した。

「もう悩みすぎて、やるしかない! と思いました。苦しくて怖い気持ちよりも、どうにかして1匹でも多くの子たちを助けたいと。それで、ネットで調べてセンターのミルクボランティア事業を知り、説明会を常時行っていることもあって入りやすかったため、参加を決めました」

家族でミルクボランティアに取り組む文香さん

 家族も、大歓迎だったそうだ。

「夫は、私が動物愛護のことで悩んでいることを薄々感づいていたようです。やれることはやってみたらと、理解してくれました」

 小学3年生と2年生の子ども2人も、子猫の世話と聞いて喜んだという。

 文香さんが最初に預かったのは2匹。いきなり「ミルクの子猫」は難易度が高いため、センターでも配慮してくれて「離乳食の子猫」からスタート。

 目を開けられない生まれたばかりの子は、授乳回数が1日に7回程度と回数が多く、夜中に起きてミルクをあげる必要もある。また、人が刺激してあげないと自分で排泄ができないなど、手がかかる。

 目やにが出る子には目薬をさしたり、軟膏を塗ってあげたり汚れを取ったり……。1日トータルで3時間はお世話の時間にあてている。生まれてから4週間ほどで離乳期を迎え、自分で餌を食べトイレができて活発に動き回れるようになる。

「毎日、体重を測るとちょっとずつ増えていて、その成長が嬉しいですし、やりがいを感じます。目が開いて、動けるようになって、歯が生えて。体の弱かった子が回復してセンターに返せたとき、寂しい気持ちがまじりながらも良かったなと思います」

 現在まで合計16匹を育てセンターに送り出してきた文香さんは、2人の子どもたちにとってもいい体験になっていると語る。

「子どもはたまにミルクをあげてくれるようになりました。名前を付けてくれたり、センターまで新しい子猫を一緒に迎えに行ってくれたり。夏休み期間中には動物愛護教室というのがあるので、動物の習性や接し方などの講習、致死殺処分場の施設の見学、個体識別のためのマイクロチップのことなどを学べます」

 今まで預かった中で1匹だけ、センターに返せず死んでしまったのが「ひかりちゃん」だった。

「もう無理かもと思っても、1人(匹)で逝かせるのは可愛そうで、ずっとつきっきりで毛布にくるんで抱っこして、子どもと一緒にひかりちゃんの最期を看取りました。子どもにとっては辛い経験だったかもしれませんが、情操教育、生きものの命を思いやる体験につながっていると考えています。親子の会話も増えます」

 すくすくと育った子猫を、センターに送り出すときがくる。

「無事に成長してこの日を迎えられたと、新しい門出に胸がいっぱいになります。感触を忘れないように一匹一匹を抱きしめて、愛をたくさん感じて幸せに生きてね、と送り出しています。長男も思い入れがあるので、前日は寂しがって子猫を抱っこして、ぬくもりを忘れないように、自分なりに気持ちを整理しているようです」

「それでも……」と文香さんは続ける。

「センターへ送って家へ帰ると、その子たちのいない部屋が余計に寂しいです。一緒に成長をずっと見てきていますから、愛おしい存在です。もう会えないと思うと寂しさがこみ上げてきます。でも、寂しいけど、ボランティアを続けて、子猫を1匹でも助けたいです」

可愛い盛りに預かる、「適度な距離感」

 2020年11月にミルクボランティアへ登録した景子さん。60代半ばの女性で、子どもたちはすでに独立し、夫と暮らしている。きっかけは、21年間も飼っていた猫が死んでしまったことだったという。

「何かをしないと、自分の気持ちがなんとかなってしまいそうで。それで、市の広報誌でミルクボランティア事業を見つけました。今から飼い猫を飼うのはもう年齢的にも難しい、でもミルクボランティアならと思って申し込みました」

「救ってあげた命が元気に育ってくれれば」と語る景子さん

 景子さんは昨年16匹、今年は20匹の子猫をミルクボランティアで育てた。1匹あたり平均して1カ月ほど預かることになる。

「何も分からない猫を相手に、夜中にまで起きてミルクをあげたりするのはなかなかしんどいです。でも、放っておいたら生きていられない子たちですから。それでも、いちばん可愛くてやりがいを感じる期間に預かって、ある程度育ったらまた返す。その距離感が私にはちょうどいいです」

 ミーミーと鳴いていた子猫が、よちよち歩きを始めて、初めて目が合ったときには「きゃああー」と思わず歓喜の声を上げてしまう。

「致死処分されるために子猫たちが生まれてくるのは、あまりにかわいそう。救ってあげた命が元気に育ってくれれば、との想いで続けています」

 ミルクボランティアにとって、県の支援は十分なのだろうか。

「県の職員の方々は、保護された犬や猫に優しい笑顔を見せて、一生懸命向き合っています。長く可愛がってくれそうな飼い主さんに渡るまで、私たちミルクボランティアに任せて、という気持ちになります。哺乳瓶など必要な物品も支給してくれて、持ち出しになることはまったくありません。例えば、冬に子猫ちゃんが寒くなるからヒーターを買おうか考えているとセンターの方に相談したら、すでに買ってあるので取りに来てください、といった具合に、ホスピタリティはとても高いと感じます」

景子さんは育てた子猫の画像を大切に保管していた

ミルクボランティア事業の課題

 ミルクボランティア事業が始まって2年が過ぎた。しかしまだまだ課題が残っている。

 センターの浅山所長は、「ミルクボランティアさんの数が圧倒的にまだまだ足りていません。コロナ禍もあって、増えてもいないのが実情です。ミルクボランティアさんの頑張りをよく知ってもらい、もっと多くの方々に参加してもらいたい」と話す一方で、「繁殖自体を減らし、預ける必要のある猫自体を減らすことも重要です。ただ可愛いからと、野良猫に餌をあげるだけでは無責任な行動だと理解していただけるとありがたいです」とも話す。

 リーダーの池永さんは、「致死処分をせずに救える命が増えたことは、私たちセンターの人間にとっても心の負担軽減になりました。センターに収容されたときには弱々しかった子猫がミルクボランティアから返還された時に成長していて驚かされ、新しい飼い主に渡るときには嬉しい気持ちでいっぱいです。将来的には、もっともっと、致死処分を限りなく減らしたい」と話した。

 山梨県が全国をリードして始めた取り組みで、2021年度の子猫の致死処分数は56匹と、2019年度の約4分の1に減少した。さらに引き取った猫を譲渡した割合も、2019年度の48.7%から2021年度の85.1%と大幅に上昇した。

 譲渡した割合の伸び幅は、全国トップレベルに達している。

文・山岸裕一 写真・今村拓馬

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