「男女共同参画の拠点施設」存続へ 決断の現場を見守ったベテラン女性職員
山梨県庁には「男女共同参画・女性活躍推進監」というポストがある。
いまその席に座るのは、井上泰子さん(=上の写真)。
男女雇用機会均等法が施行される2年前に山梨県庁に入庁した。
「お茶汲みは女性の仕事」という古い慣習があった時代から38年間県庁で働き続け、
女性の視点で男女共同参画の理想の未来像を探っている。
ダンスや俳句は男女共同参画につながるのか
「女性活躍の拠点閉鎖へ」
2021年2月11日、山梨県の方針が報じられると、県内で異論が噴出した。その年の2月定例県議会には、女性団体から県の方針の見直しを求める請願が提出された。翌3月には施設を集約することに反対する署名が5769筆集まった。その後も断続的に署名が寄せられ、いまでは1万5000筆を超えた。
山梨県は、男女が平等に活躍する社会の実現に向けて、能力開発などの人材育成や男女共同参画に関する学習の機会と交流の場として、県内に3ヶ所の「男女共同参画推進センター」を設置している。しかし、なかには稼働率わずか10%未満の施設もあり、甲府市の「ぴゅあ総合」、南部町の「ぴゅあ峡南」、都留市の「ぴゅあ富士」のうち、南部町と都留市のぴゅあを廃止し、甲府市のぴゅあ総合へ集約する方針で検討を進めていた。
しかし、報道後に異論が噴出したことで、状況は一変した。県は女性団体や県民と意見交換を重ね、3施設を存続させるよう方針転換した。
ぴゅあ総合は2023年にリニューアルが完了。ぴゅあ峡南は、建物自体は閉館するが、南部町の施設内に新たな拠点を整備してセンター機能を存続する。ぴゅあ富士も拠点を確保する。施設に行かなくても、いつでも誰でも講座を受講できるよう通信環境も整備される。ただ、新施設には、従来の施設にはあった音楽室やレクレーション室、調理室などの設備はない。旧施設にはダンスや合唱、俳句や短歌といった活動など、地域の人々にとっての交流の場という側面もあったので、利用者からは反対の声が続出した。
井上さんは常にゆっくり話す。一言ずつかみしめるように。
「慣れ親しんだ場所がなくなることに不安があるのは理解できます。でも、山梨県はなかなか男女共同参画が進んでいないのが現状です。男女共同参画センターはどういう施設であるべきか。本来のありようを、いま一度立ち止まって考える必要があります。男女共同参画は建物があることによって前進するのではありません。実質的な活動の推進のために、限られた財源を活用していくことが重要だと考えています。その中で意見をいただき、活動拠点が必要だということをあらためて認識したので、今回の結論に至りました。もちろん、これまでの利用者の方にも、引き続き新しい施設をご利用いただきたいですし、希望する設備がある施設をご紹介するなど、今後も活動の場を確保していきます」
「夜遅くまで説明会・翌朝登庁」が続いた
この結論に至るまでは、決して平坦な道のりではなかった。
2021年5月下旬から7月にかけて県内約20ヶ所を回り、説明会を開いた。参加者の多くが、日中は忙しいため、説明会は基本的に夜だった。
「男女共同参画は重要だから、いくら財源をかけてもいいじゃないか」
「施設はシンボル。利用者が少なくても、存在していればいい」
そんな主張とともに拍手が沸き起こる。午後6時半スタートで3時間かかることもあった。
説明会が午後9時すぎに終わり、1時間運転して自宅へ直帰し、翌朝8時半に再び県庁へ。そんな日々が何ヶ月も続いた。しかし、井上さんは「若かったらダメだったかもしれない。でもこの歳くらいになっちゃうと、平気です」と笑った。
「男女不平等」の時代を駆け抜けた
井上さんが男女共同参画センターの重要性について語るのは、自身の経験も影響している。
「私が県庁に入庁したのは1984年、男女雇用機会均等法が施行される2年前。民間企業では正規雇用の社員でも、女性は結婚や出産で退職する人が多い時代でした。私は『一生働ける道を』と思って公務員になろうと思いました」
しかし、実際は、県庁も朝10時、お昼、午後3時のお茶汲みや湯呑み洗いはもちろん、男性が室内で吸うタバコの灰を片付けるのも女性の仕事だった。
同期の男性が上司から手取り足取り仕事を丁寧に教わる一方で、井上さんが女性の先輩に教わったのは「男性が仕事をしやすいように先回りして仕事をするのが、女性職員の仕事」ということ。素直に「そういうものなんだ」と受け取った井上さんは、男性がコピーをとりに行こうとすれば、素早く立ち上がってその役目を代わった。表に出て来客の対応をした際に「話のわかる男の人を呼んでね」と言われても、反発することはなかった。同期入庁のなかには、退職を選ぶ女性職員もいた。
状況が変わってきたのは入庁から10年ほどたった後だった。女性もどんどん仕事を担う時代になり、井上さんが県庁内で担当する業務も変化してきた。
「でも、最初の10年間で男性と知識や業務経験面でものすごく差がついてしまったことを痛感する毎日でした。新しく仕事をする場合、相手の方は私がいろいろわかっている前提でお話をされるのですが、実は私は何も知らない……。恥ずかしかったですね」
井上さんは自身の経験も踏まえて、新しい男女共同参画推進センターの意気込みを語る。
「新しいセンターは女性が自身の人生設計をする場として、困ったときに、まず思い出してもらえたらいいなと思います。困難を抱えている方、悩みを持っている方が『まずはセンターへ行ってみよう』『ぴゅあに行けば、答えが見つかるかもしれない』そんなふうに感じてもらえる施設をめざしたいです」と話したうえで、男性にもこう呼びかける。
「ぴゅあには、男性も来てほしいです。『男女共同参画』は決して女性だけのものではありません。男女の格差はまだまだ縮まらない一方で、男性も働き盛り、子育て世代の給与所得は減る傾向にあります。ひとり親世帯など、困難をお持ちの方もいらっしゃいます。そうした方々を男女隔たりなくサポートできる施設でありたい。また、活動したい、学びたい、発信したい、交流したいという思いを持つ県民のみなさまにどんどん参画いただき、そこで培ったものを地域に帰って広めていただける、そういう好循環が生まれる施設であってほしいと思います」
(肩書などは記事公開時のものです)
※性別による社会格差を徹底解消する「男女共同参画先進県」実現に向けて取り組み断行宣言 はこちら
文:土橋水菜子、写真:今村拓馬