(美術館+刑務所)× サワラ材 =「森のパレット」知恵と技が生んだ「返礼品」に込められた思いとは…

「へー、山梨県立美術館って、ミレーの『落穂拾い、夏』を所蔵しているんだ」。
山梨県からふるさと納税返礼品の開発を委託された“仕掛け人”は
「やまなしらしさ」をリサーチしていて、この一枚の絵に行きついた。
この閃きから、実を結んだもの。
それが県産木材を利用したパレット型のトレイ「森のパレット」だ。

◼️この記事でわかること
✔ 山梨県の林業振興のため、ふるさと納税の返礼品として県産木材を使った「森のパレット」が開発された
✔「森のパレット」のデザインは、山梨県立美術館がミレー作品を所蔵することをヒントに発案された。そして、ワイン県やまなしらしく、グラスホルダーもついている
✔ 誰でも気軽に使える日用品とするため、コスト削減の観点から甲府刑務所に製作を委託した
✔ 建築材として向かなかった「サワラ」は水に強く軽い。それが決め手で採用された
✔ このプロジェクトを通じて、「木を使う」ことの意義が実感できた

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手弁当でプロジェクトに参加

「林業振興のため、山梨県産の木材を使ったふるさと納税返礼品を開発しよう」

 長崎幸太郎知事の一声で、林業振興課課長補佐の山瀬英治さんと、主任の小池舜さんが走り出す。プロジェクト当初の2023年春ごろは、高級家具の製作を模索していた。そこで、相談を持ち掛けた先が、東京で特注家具の製作管理をしていた有限会社SOLOの神梓(じん・あずさ)さんだった。山瀬さんたちは、神さんと県内で県産木材の家具や小物を作っている事業者らを引き合わせ、県内事業者にふるさと納税の返礼品づくりを依頼できればと考えていた。

 ところが、マッチングは不調。

「なら、私がやります」

 神さん自らが手を挙げた。県庁がモノの製造やサービスの提供を外注する際は、予算をつけて委託するのが通常のやり方だ。しかし、今回のプロジェクトは予算ゼロでのスタートだった。

 もちろん、県は返礼品の開発に使える補助金制度を用意している。だが、補助率は50%。しかも支払いは事業完了後だ。プロジェクトは事実上、神さんの手弁当で進めることとなった。

「作り手が誇りに思える製品開発を後押ししたい」と語る神梓さん

やまなしらしさをパレットの形にこめて

 神さんの本業は、建築家やデザイナー、職人などの作り手をとりまとめ、調整することだ。青森県出身の神さんは、山梨になじみがあるわけではない。まずは山梨県の特色や、山梨県らしさがどこにあるのかを調べたり、考えたりした。職業柄、美術館には興味があったが、山梨県立美術館にミレー作品があるとは知らなかった。

「ミレーと関わりのあるものをモチーフにした返礼品にすれば、きっと県立美術館のPRになるはず」

 そこから油絵用のパレットはすぐ思いついた。職人とのかかわりが多い神さんは「ノコギリやノミ、刷毛や筆など職人の道具はかっこいいと憧れていたんです」と話す。

 デザインをほぼ固めて、林業振興課の山瀬さんに伝えると、すぐに美術館との橋渡しに動いてくれた。

 このデザインのコンセプトを聞いた県庁サイドが提案してきたのが、親指を通す穴の近くにくぼみをつけることだ。山梨といえば、ワイン。立食パーティーでこのパレット型のトレイを使ってもらうなら、グラスを引っ掛けられるようにするのが狙いだった。

「森のパレット」は山梨県立美術館のミュージアムショップにも置かれて上々の売れ行きだという。丸型・角型いずれも2750円(税込み)

売れるだけではなく、社会にいい商品を

 製作にあたって、神さんが肝心だと考えたことの一つが、少量生産でも値段が高すぎないこと。ふるさと納税の返礼品は、寄附額の30%までと上限が決められている。仮に森のパレットの価格を1万円に設定しようものなら、寄附額は3万円以上ということになってしまう。

 製作コストを抑えるにはどうすればよいのか。

 神さんはかつて手掛けた家具の仕事で、刑務所に製作を依頼しようとしたことがあった。神さんがアイデアを話すと、山瀬さんはすぐ甲府刑務所に話をつないでくれた。

 話し合いの場に行くと、山瀬さんがあらかじめデザイン案を伝えていたこともあって、刑務所側はサンプルを用意していた。さらに、「サワラ」というあまり知名度の高くない木材を使うことが決まった。

「サワラは甲府刑務所の提案です。甲府刑務所に相談に行ったところ、いくつかの樹種でサンプルを作ってくれていました。その中のひとつがサワラのパレットでした」(山瀬さん)

 山瀬さんによると、山梨県産の木材にはサワラのほか、杉やヒノキ、カラマツ、赤松などの建築用資材として知られるものもある。ところが、サワラは柔らかすぎて、建築用資材に適さない。甲府刑務所の担当者がサンプル作りにあたって森林組合に相談したところ、「サワラは使い道がなくて困っている」と聞いていた。

 よくよく調べてみると、サワラは水に強く腐りにくい。昔からお櫃や水桶などに使われてきた。なにより、片手で持ち運ぶ立食パーティーのような場を想定するなら、軽い方がいい。満場一致で、サワラを使うことになった。

パレットには、県立美術館のシンボル「種をまく人」(ジャン=フランソワ・ミレー作)が焼き印されている

名もなき作り手を想像する

 神さんは会社とは別にaemono project(以下、あえもの)というプロジェクトの運営者でもある。あえものに込めた思いをブログから引用する。

守り続けるべき技、安定供給できなくとも魅力ある素材、これらに光を当て、デザイナーや建築家の知恵と全国の作り手の技とを「和え物」のように組み合わせた独自の製品、それが 【aemono】。

「販売するとなると、商品の安全性や耐久性のほか、金額との折り合いが難しい。作ったけど、売れないなんてこともめずらしくありません。作り手の思いだけではダメなんです。一方で、社会貢献や作り手の誇りも大切にしたい」(神さん)

 今回は、使い道の少ないサワラを使うことで社会貢献につながる。製作者である受刑者に会いたいと思い、神さんは刑務所を訪問したが、直接話すことはできなかった。

「だからこそ、作り手が何を感じ、考えているのかを想像しながら進めました。話すことはできないけれど、喜びであってほしいと願っています。そしていつの日か出所したときに『これは私が作ったんだ』って自慢する、そんな場面を想像しています」

売れ行き上々、いよいよ返礼品としても登場

 2023年11月、山梨県立美術館のミュージアムショップで森のパレットのテスト販売が始まった。売れ行きは好調で、すでに何回か増産・納入を終えている。ユーザーアンケートからは、意外な利用法も浮かび上がってきた。幼児のいる家庭で人気なのだ。確かに、軽いし割れにくいし、小さな子の食器としてぬくもりのある木製プレートは最適かもしれない。

コラボ実現の陰の立役者のみなさん。左から山梨県立美術館協力会の小杉佳子さん、山梨県立美術館学芸員の下東佳那さん、甲府刑務所法務技官の都築さん

 注文増に対応するため、甲府刑務所は回転式サンダー(研削・研磨機)を導入し、専従者を増やすなどして生産性アップを図る予定だ。今後の目標は、「安定的に毎月30枚を出荷する体制」だという。

 そして、「森のパレット」はいよいよ3月から山梨県のふるさと納税の返礼品として登場した。

「森のパレット」【丸型】
https://www.satofull.jp/products/detail.php?product_id=1484905
「森のパレット」【角型】
https://www.satofull.jp/products/detail.php?product_id=1484904

コスパの向こうにある豊かさ

 無事に返礼品づくりを終えた感想を、山梨県庁の担当者に聞いてみた。まず「製品のクオリティが高い」と言うのは、林業振興課の山瀬さん。

「手に取るとすぐにわかると思います。一般的な木工の皿と比べて、圧倒的に軽く、無垢の温かさが感じられます」。

 さらに今年度、林業振興課に配属されたばかりの小池さんは次のように話す。

「これまで林業用の道作りなど、土木分野の仕事に長く携わっていたので、“使う”という視点で木を見ていなかったと感じました。意識してサワラを使った商品に触れたのも初めてでしたし、今回のプロジェクトで、同じ木でもどの部分を切り出すかで、まったく見え方が違うことや肌触りが変わることを実感しました」

県産木材を活用した返礼品の開発に奔走した林業振興課課長補佐の山瀬英治さん(左)と、主任の小池舜さん

 そして、「民間の方のスピードの速さに驚いた」と二人は口を揃える。

「商品開発の主体メンバーになったのは今回がはじめて。神さんの提案や進行のスピード感とパワフルさに圧倒されました。学ぶことも多かったですね」。

 ふるさと納税と言えば、自治体を応援するという本来の趣旨よりも「どこの返礼品がお得か」という話になりがちだ。しかし、商品を提供する側に立つと、さまざまなことが見えてくる。

 ものを作る各過程で、携わる人の思いを実感すること。

 他人の仕事を通じて、自らの仕事を振り返ること。

 森のパレットの製作過程には、お得さでは測れない豊かさがあった。

文・筒井永英、写真・今村拓馬

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