「どうか生きて」ゆるやかな成長を大切に書き留める/やまなしリトルベビーハンドブック【前編】

山梨県では、毎年約50人の赤ちゃんが、体重1500g未満の「極低出生体重児」として生まれてくる。
極低出生体重児の親が持つ不安に寄り添い、少しでも解消したい。
その思いで「やまなしリトルベビーハンドブック」はできた。

作り上げた人たちの物語を紡いでいく。

できること」が日々増える喜び

 石綿亜梨沙さんは、元気に遊ぶ1歳7ヶ月の新(あらた)くんを見つめて目を細める。

「生まれたばかりの頃は本当に小さくて心配ばかりでしたが、日々成長し、今ではこんなに元気に育ちました。毎日できることが増えていく姿を見届けることができる今は本当に幸せです」

 小さく産まれNICU(新生児集中治療室)で育った新くんだからこそ、「できること」が日々増えていくことがうれしい。

うれしい。でも自責と後悔も交錯する…

 多くのお母さんは、期待と、不安で胸をいっぱいに膨らませて、赤ちゃんの誕生を待つ。

 石綿さんもその一人だった。「ふくよかで、大きくて、元気に泣いている赤ちゃんが生まれてくる」ことを望み、そうなるものだと信じていた。

 2020年秋、妊娠21週で978gの男の子を出産した石綿さんは再び、傷と心の痛みと戦っていた。1000g未満の「超低出生体重児」。産後まもなく、NICUに運ばれた。

「もっと、食べるものに気をつけるべきだったのかもしれない。もっと、外出を控えた方がよかったのかもしれない。また小さく産んでしまった……」

 石綿さんは涙をこぼす。そう、石綿さんにとっては、二人目の「リトルベビー」だったのだ。

 それでも、「自分を奮い立たせた」と石綿さん。暗い感情に押しつぶされそうになりながらも、NICUで待つ我が子のもとに向かったという。

 目の前には、たくさんのチューブにつながれたとても小さな赤ちゃんがいた。

「最初は言葉にならなくて。自分から生まれた命が、こんなにもちっちゃい。うれしい反面、後悔と自責でごちゃごちゃで。手放しでは喜べない。けれど、しっかり生まれてきた命。大切な命。喜びと、戸惑いがありました」

 石綿さんは一つひとつ、言葉を噛み締めるように語った。

「我が家に生まれた新しい命、新しい仲間、新たな希望」――そんな思いを込めて、小さな赤ちゃんは「新」くんと名付けられた。

書き込むたびに「ほっとする」

 現在、歯磨きの練習をしているという1歳7ヶ月(取材当時)の新くん。「“当たり前”ができる、いまが幸せ」と、石綿さんは新くんが「できるようになったこと」を「やまなしリトルベビーハンドブック」に書き込んでいる。

 ハンドブックは、母子健康手帳を補完するものとして、「子育てしやすさ日本一」を目指す山梨県が発行し、2022年3月から配布されている。

石綿さんのリトルベビーハンドブック

 低出生体重児は、「一般的な」体重で生まれた赤ちゃんと比較して、身体の発育や成長がゆっくりと進むことから、通常の母子健康手帳では成長を記入できないことが多い。「首がすわっているか」「寝返りをするか」といった質問項目がほとんど「いいえ」で埋まり、その度に我が子を小さく産んでしまった自分を責めてしまう母親もいるという。

 ハンドブックは、母子健康手帳のように質問に対して「はい/いいえ」で記入するのではなく、「できるようになった日付」や、その時の母親のコメントを思いおもいに記載できる仕様になっている。さまざまな成長に配慮して、自由記入欄も設けられた。

 ハンドブックができるまでは、石綿さんは市販の大きな手帳を購入し、使用していた。

「余白部分にできるようになったことや日付、コメントを記入していました。今のハンドブックのような使い方をしていましたね。ハンドブックは子どもそれぞれの成長の記録ができるんです」

 新くんの成長を記入するたびに「ほっとする」と石綿さんは語る。

――「あーあー」と言う(2021年9月25日)

――「あい!」と手をあげてお返事できるね(2022年1月28日)

 ハンドブックが配布されてからは、これまで母子手帳に書き留めていた内容も写した。石綿さんのハンドブックには、おだやかな筆跡でたくさんの「できた」が記されている。

ハンドブックを通じて、仲間の存在を感じてほしい

 石綿さんの一人目の赤ちゃんも1500g未満の「極低出生体重児」だった。妊娠31週で血圧が急上昇し、緊急の帝王切開を行ったという。生まれた赤ちゃんは1256g。新くんと同様に、産後はNICUで入院生活を過ごした。

「初めてのお産ということもあり、我が子をとても小さな状態で産んでしまったという現実がつらくて。ずっと泣いていましたね」(石綿さん)

「生まれた子どもは、私を恨んでいるのではないか」「(NICUにいる)赤ちゃんに、私が面会に行く資格はあるのだろうか」――。周囲は明るく励ましてくれるが、産後、体を動かすことができるようになってからも石綿さんは悩んだという。

 その後、新くんが生まれるまでに死産も経験した。

「一時期は、その子を追いかけることも考えました。でも、その時死なずに、自分の命をつないで、この子を産むことができたから……」

 石綿さんは肩を震わせる。

「だから、当たり前に暮らせる今が幸せ。その幸せを、じんわり、じんわり噛み締めて、ハンドブックに書き留めています」(石綿さん)

作成を提案したのは育児サークルだった

 低出生体重児の中でも、1500g未満の「極低出生体重児」の出生数は、山梨県だけでも年間50人ほどだ。そのため、周囲に同じ境遇の人がおらず、孤独を感じる母親も多いという。

「*M―ちゃいるど*」代表の岩出絹子さん

 低出生体重児のママたちの孤立を少しでも和らげたいとハンドブックの作成を提案して県に働きかけたのは、育児サークル「*M―ちゃいるど*」の代表を務めている岩出絹子さん。自身も544g・560gの双子を出産した岩出さんは「ハンドブックを通じて、先輩ママ・パパの存在を感じてほしい」と話す。

「近くにリトルベビーを出産した知り合いがいなくても、このハンドブックが手元に届くことで『仲間がいる』『孤独じゃない』ということが伝わればよいと思っています」(岩出さん)

 岩出さんが主宰する「*M―ちゃいるど*」は「周りにNICUを経験した仲間がいない」「小さく生まれた子どもの成長に関する情報が欲しい」といった親子を支援するサークルだ。メンバーの経験を踏まえて、冊子内には「小さく生まれた赤ちゃんの発達の特徴と対応Q&A」を盛り込んだ。困ったときの相談先をQRコード入りで充実させたのもメンバーの提案だ。いざというときに慌てないよう、電話相談時に「伝えること」や、病院受診時に「持参するもの」も掲載されている。

 そうした実用的な情報に加えて、同じ道のりを歩んできた人たちの声も取り上げて独自の工夫をこらした。冊子には、先輩ママ・パパはもちろん、中学生になった先輩リトルベビー、リトルベビーの家族になった人たちからの温かい声であふれている。

――小さく生まれて、人生の一歩目から今までいろいろあったけれどもたくさんの人たちの支えもあり、今はみんなと同じように勉強や運動、部活動に励んでいます(『中学生になった先輩リトルベビーの皆さんから』)

――「生きてほしい」と切実に願った。娘(母親)に辛い想いをさせたくなかった。自分にできることは娘を支えることだと思った(『おじいちゃん&おばあちゃんの気持ち』)

――妻には「大丈夫」と言うしかなかったが、何が大丈夫なのか自分自身でもわからず時間だけが過ぎていった。(中略)子どもももうじき3 歳になり、いたずらばかりで毎日怒らない日がない。病院に通っていたときは嬉しいことも辛いこともたくさん経験した。子どもと一緒に暮らすことが当たり前になった今だから、入院中の日々が懐かしく思うと共に他の人が知らないことを知れたと思う(『パパの気持ち』)

――リトルベビーの「ゆっくりな成長」は一つ一つを噛みしめながら、大切なことを教えてくれながら、着実に子どもが私たちを親にしてくれます。初めから強い親なんていません。でも、子どものために強くいたい!と願う想いが、少しずつ私たち親を強くさせてくれます(『先輩ママからのメッセージ』)

 たくさんの思い、経験、知恵が詰まった「やまなしリトルベビーハンドブック」。後編では、ハンドブックの誕生までを紹介する。

(肩書は記事公開時のものです)

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文:土橋水菜子、写真:今村拓馬

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