公営企業として全国初のチャレンジ 「電力需給調整市場」に山梨県がなぜ参入?

生み出した電気を蓄えて、価格が上がるタイミングで売る。
理屈の上ではシンプルに聞こえるが、話はそう簡単ではない。
まず蓄える技術。そして、電気を求める相手とのマッチング。
そうした高いハードルに挑む革新的な会社が誕生した。
「株式会社やまなしフレキシビリティカンパニー(YFC)」
2月1日、山梨県が全国に先駆けて設立。
野心的な取り組みの舞台裏を紹介する。

◼️この記事でわかること
✔ 2024年度から本格化する「電力需給調整市場」に山梨県が参入する
✔ 協業先は、高い技術を誇る東大発ベンチャー企業
✔ 他の自治体への「横展開」も視野に入れている

◼️ほかのおすすめ記事はこちら
・世界をまたにかけて「山梨の先進技術を売る」
・水素燃料電池の技術者集団がやってきた!山梨のポテンシャルは米倉山から開花するか

東大発ベンチャー企業と二人三脚

 YFCは「電力需給調整市場」への参入に向けた会社だ。蓄電池を開発する東大発ベンチャー企業の「エクセルギー・パワー・システムズ」(以下、エクセルギー)と共同で立ち上げた。県は1億円を出資し、大半の株式を保有する。

「電力需給調整市場」。耳慣れない言葉だ。それもそのはず、再生可能エネルギーの利用拡大を見据えて、国が本腰を入れてこのマーケットの取引を本格化させるのは2024年度以降のことになる。いったいどういう仕組みになっているのか。

 電力を使う量は一日の中でも一定ではない。経済活動が活発な日中は、深夜に比べて電力消費量は多い、ということは想像がつく。

 電力は、需要(使う量=消費量)と供給(つくる量=発電量)が必ず一致するようバランスをとっている。

 だから、電力をあまり使わない時間帯にたくさん発電しても、せっかく使った電気を無駄にしてしまう。逆に、電力がたくさん必要な時間帯に発電量が追いつかないと、電力ネットワーク内のバランスが崩壊し、最悪の場合は停電して社会活動に大きな影響を与えてしまう。

 太陽光、風力などの再生可能エネルギーは、天候などで発電量が大きく変化する。こうした事情もあり、再生可能エネルギーの導入率は、日本では全体の2割程度にとどまってきた。

 世界的に脱炭素化を実現しようとするなか、世界各国では再生可能エネルギーの導入率を高める工夫が始まっている。その中で注目されているのが「あらかじめためておいた電力」。発電量にばらつきがある再生可能エネルギーをためておいて、その電力で需給バランスを調整しようという試みだ。

 その「ためておいた電力」を売買する市場が「電力需給調整市場」だ。

 山梨県企業局で新エネルギーシステム推進室の室長を務める宮崎和也さんはこう話す。

「これまでは電力会社が責任を持って需要に対応できるように、たとえば火力発電所で不足分を補うということをしてきました。しかし、それには大変なコストがかかるわけです。それを外部に頼るというのがこの需給調整市場の役割です」

 とはいうものの、山梨県がYFCを設立してまで電力需給調整市場に参入することに成算はあるのだろうか。

新エネルギーシステム推進室室長の宮崎和也さん(撮影・今村拓馬)

水力発電事業の収益最大化を狙う

 山梨県が需給調整市場に参入する狙いは、県が長年にわたり続けてきた「水力発電事業」の収益性を高めることだ。山梨県は1957年4月に早川水系西山発電所の運転を開始して以来、2023年9月1日現在で計28発電所を運営している。

「山梨県は年間4.7億kWhの水力発電をしています。その一部を蓄電しておき、供給力が不足しているときに売電することで水力発電事業での収益性を高めることができるのではないかと考えています」(宮崎さん)

 水力発電にはいくつかの方式がある。ダム式であれば、あらかじめ貯水している水を使うため、発電量に応じて水の量を調整することができる。

 しかし、山梨県では川の上流から取り入れた水を長い水路で導き発電する水路式を採用している。つまり、自然条件によって供給力が大きく左右されるため、電力需要の増減に合わせて発電量を調整することが難しいのだ。

「そのため、そこに蓄電技術を加えることで供給と蓄電をバランス良く組み合わせるようにします。それによって収益性を高め、事業の多角化を進めることができると考えています。事業のリスク分散にもなります」(宮崎さん)

 宮崎さんが指摘する「蓄電技術」のカギを握るのが、共同設立者のエクセルギー社だ。

最強のパートナー「エクセルギー」

 東大発のベンチャーだったエクセルギーと山梨県との付き合いは長い。最初は展示会で知り合ったが、協業が始まったのは2014年ごろからだった。

「もともと川崎重工で耐久性の高い蓄電池『ギガセル』の研究をしていた方がいて、確たる技術を持っていました。エクセルギーは研究室での実験段階から、実証実験に踏み込みたいタイミングで、私たちはちょうど米倉山でのメガソーラーと組み合わせる蓄電システムの研究を始めたころでした。ちょうどタイミングがよかったんです」

 こう語る宮崎さんは「米倉山の施設を活用して、実践に近い形での技術開発や実証試験を一緒にやりませんか」という誘い方をしたという。この役所らしかぬ提案も功を奏したのか、民間企業であるエクセルギーとの共同研究はとんとん拍子に進んだ。

 蓄電池というと、有名なのはリチウム電池だ。だが、リチウム電池は劣化が早い。蓄電の事業化を見据えると耐久性が高く大容量で高速充電が可能なエクセルギーの持つ「改良型ニッケル水素電池」という技術は魅力的だった。

 ただし、エクセルギーを無条件に受け入れたわけではなかった。エクセルギーに対し、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業として採択を受けることを求めた。

 これをクリアしたエクセルギーが出した事業計画書には「まだ日本では需給調整市場ができていないので、まずは海外の市場で結果を出し、その後に日本市場に参画したい」という将来のステップが記されていた。

 実際に、エクセルギーはその後アイルランドで需給調整市場にチャレンジした。

「アイルランドは日本と同じ島国で、国内で電力供給を完結する必要がある。さらに、再エネの導入率は40%台。日本も将来的な目標として『再エネ38%台』を掲げている。アイルランドはまさに日本の将来像に近い国です。その国でエクセルギーは結果を出し、ノウハウを蓄積してきた。これは他の追随を許さないことで、私たちの強みです」(宮崎さん)

 利益の最大化を図るには、最も電気が安い時間帯にはできるだけ蓄電し、電力需給が逼迫して売電価格の高い時間帯にためた電力を売る、という循環を実現することが必要になる。

 そのためのシステム構築や、供給と蓄電のバランスをどう取るのかなど、電力需給調整市場は技術とノウハウがものをいう。その点、エクセルギーはアイルランドで確かな実践を積み重ねてきた「頼もしいパートナー」だ。

エクセルギーが北アイルランドの化学繊維工場に設置したシステム(エクセルギー・パワー・システムズ提供)

市場の将来性は高い

 当面、山梨県が需給調整市場につぎ込むのは発電量のごく一部にしている。

「出力規模では全体で12万kWありますが、今回蓄電事業に投ずるのは1000kWです。まずは手探り。それで利益が出ることを確認してから次のステップに進みます」(宮崎さん)

 電力需給調整市場は2021年度に開始されている。しかし、取引が本格化するのは今年度からということもあり、まだどのくらいの収益性が期待できるかも未知数なところが多いという。

 ただ、宮崎さんはこの市場の将来性は高いと考えている。

「再生可能エネルギーの導入拡大が進むにつれ、電力需給調整のニーズは間違いなく高まります。政府が進める電気事業の改革の方向性は、できる限り市場においていろんな人が公平に取引することです。自然に電力の需給がピッタリくることはほとんどなく、今後そのバランス調整が難しくなっていくと思います。私たちにとってのビジネスチャンスです」

 電力会社だけで電力需要に対応しようとすると、火力発電所をスタンバイする、配電線を太くする、などのコストがかかる。それを外部に委ねることで電力会社にとってコストカットにつながる。一方、YFCのように電力需給調整市場に参加する企業からすると、相対契約で売るよりも高い価格で売れる可能性がある。市場への参加者それぞれにウィンウィンなビジネスになり得るのだ。

エクセルギーが米倉山に設置したシステム(エクセルギー・パワー・システムズ提供)

見据えるのは「横展開」

 YFCが描く未来像は、市場の先駆者として収益を確立するだけにとどまらない。事業の横展開も見据えている。

「26の県が公営水力発電をしています。設備の規模としては群馬県がトップで、山梨県は5番目くらいでしかない。ただ、蓄電の研究をやってきたのは山梨だけです。当然、他の自治体も蓄電事業には意欲を見せています。しかし、技術やノウハウは簡単には得られない。そうなったときに、『独自でやるよりも山梨に頼もう』という話になれば、私たちの事業を横展開できる。そうやって得られた収益は県民のために使う財源にすることができます」

 県企業局の電気事業は、水力発電で地域が生み出すクリーンエネルギーとして、県民生活や産業発展に貢献してきたが、新たな蓄電システムとの組み合わせで付加価値を生み出し、カーボンニュートラル社会の実現に向けた先鞭をつけようとしている。

 さらに「稼ぐ力」を高めることにより、充実した教育政策にあてるなどの「独自財源」として活用することが可能なのだ。

 どこの自治体も、財源を拡充させようとあらゆる取り組みをしている。その中で、山梨県では民間企業と組んで新たな会社を作って、新しい市場に参入しようというチャレンジが始まろうとしている。

文・小川匡則

関連記事一覧